~kisses~ トロワ×カトル
■1■
『離れたくないよ』
と、呟いたのはカトルだった。
言葉に応えるように、ボリュームを絞った、それでいて澄んだ声で『好きだ。愛している』と言って見つめてきたトロワの翠の瞳は、真っ直ぐにカトルを捉え、僅かな揺れで、せつなさというものを伝えてきた。
トロワに真摯な眼差しを送っていたカトルは、突然の告白に全身が熱くなるのを感じた。
頬が熱い。特に瞼が……。
差し伸べられたトロワの手。そっと頬に触れられてカトルにもわかった。泪が零れ落ちたのだと。
地球の色をした瞳はゆらゆらと、泪を湛えて像をぼやけさせ、視覚を歪ませる。
カトルには、大好きなトロワの姿さえ、はっきりと見えない。
『カトル、どうして泣くんだ?』
初めて見るカトルの泪は、トロワを困惑させていた。
胸が痛むのだ。ぎゅっと、ぎゅうっと、心臓を鷲掴みにされたような痛みが、トロワを襲う。
『カトル、泣かないでくれ』
二歩近づいて、トロワはカトルの背を優しく抱いた。
その労わりから出た行動の結果。零れ始めた雫は粒を大きくして。
すん、すんと、カトルの泪を余計に誘うものになった。
クールだと言われるトロワの内心は、今……。
『カトル』
名を呼ぶしか出来ない。
金糸のように美しいプラチナゴールドの髪を、大きな手が、あやすように優しく梳く。
機微に疎いトロワは、カトルの泪の指し示す意味が掴めないでいる。
背中を上下に動くトロワの掌の感触に介添えされたように、カトルが大きく息をしだした。
下ろされていた白い手が、おずおずとトロワの服を掴む。
肩に顔を押し付けると、あたたかい染みが広がる。それもまた、トロワにとっては愛しいぬくもりだ。
カトルの指先が、小刻みに震えていた。
『……ボク、も……ボクも』
カトルが泪に濡れた声を出した。
息苦しさの中、出す声は、トロワの心を乱す。
自然にカトルを抱くその力も強いものになる。
肩に顔を埋めたまま、籠もった声でカトルが言った。
『トロワが……トロワが、好き』
『カトル?』
少し強引にトロワがカトルの頤を掴んで顔を上げさせる。
見えるのは、雫を産み続けるカトルの姿だ。従順な姿はそれだけで、トロワに喜びを与えた。
感じたこともない大きな高鳴りに、トロワ自身が驚いている。もう見つめることしか出来ない。この華奢な身体を離したくない衝動に駆られる己の心には、疑いようもない愛しさが詰まっている。
『――――カトル』
ため息のような声だった。
その人は、呼びかけにさえ震え。長い睫がふるふると、重たそうに雫を絡めている。
愛しい人の姿は、トロワには美しいものに見え、魂を奪われたように、視線を外せない。
上手く聞き取れなかった言葉が繰り返された。
『……トロワが、好き、だよ』
泪混じりの声は、舌っ足らずを酷くして。
『キミが、好き』
狂おしくなるほどの愛しさを、トロワに湧き上がらせた。
――――見つけた。
トロワは帰るべき場所を捜し当てた。
* * * * *
頃合を見計らって、カトルは家の者に屋敷を出て暮らしたいと伝えた。
目下、宇宙でも発言権の強い、L4コロニー代表のウィナー家の当主を勤めているカトルである。当然、危険などを考えて、首肯するものなど一人もいなかった。「飢え死にしてしまいます」といって、哀れな幼い主人を想像し、その場で倒れこむ者までいた。
「死にません。ボクだってデリの売っているお店くらい探せます」
元来器用なので練習すれば、料理くらい作れるようになるかもしれない。そう思ったのは、この場ではカトル本人のみだったが。
「それでは洗濯はどうなさるおつもりで?」
「自分でします」
今度は白魚のような主人の手が、あかぎれまみれになることでも想像したのか、すすり泣きの声が、部屋を埋め尽くしそうだった。
「ボクも、もう子供じゃないんだよ。ヒサキぃ、泣かないで立って」
倒れ伏している十年以上勤めてくれている愛すべきメイドに、そっと手をかけ、立ち上がらせる。
「カトル様! もったいない」
重なる声にカトルは、ふわりと微笑む。
「ずっと一緒に住んでいるんだ。家族も当然でしょ」
こほんと一つ咳払いをして、カトルは、柔和に笑う。
「なにもね、一人で暮らそうというわけじゃないんだ」
心配されることぐらいわかってましたから。と、心の中でだけ続ける。
「みんなが心配しなくてもいいようなパートナーがいるんだ」
「パートナーと言いますと?」
「トロワだよ。彼なら一人暮らしは慣れているし、最高のボディーガードにもなる!」
固まった執事などを見回して、カトルは、胸を反らすと誇らしげに言った。
「では、質問は?」
瞬間、このリベート対決は勝ちだと確信した。
* * * * *
ウィナー家の者たちの気が変わらないうちにと、住むマンションを早々に決めた。
実際のところもう決まっていて、トロワが先に生活していたのだ。
自室の荷物を全部運び込むつもりだったカトルに、トロワは「その身ひとつで来い」と釘を差していた。カトルの部屋にいればシンプルな室内に見えるだろうが、部屋の広さに騙されているに過ぎない。2LDKの二人の家はカトルの荷物に埋め尽くされてしまうだろう。それを察知しての言葉であった。
「ほんとに何もいらないの?」
と、袖を引き上目遣いで訊ねるカトルに、トロワは頷いた。
「下手に、ある程度持って来いと言うと、カトルは余計に悩むだろ」
「そうかなぁ」
「そうなんだ」
首を捻る本人に代わって、トロワが言い切った。
この棚と、あっちの棚はどっちが必要だろうか? などと悩んでいるカトルに加え、姉上たちが余計な知恵ならぬ物を勝手気ままに薦め、マグアナックたちが、これを私だと思ってなどと鼻息荒く顔をあらゆる水分だらけで汚しながら、訳のわからないせん別の品をカトルに押し付けるのが、トロワには簡単に想像できた。(凡人と自分では思っている)トロワさえ、カトル一人でも何をやらかすかわからない超お坊ちゃまなのである。他のものまで入って、これ以上かき回されてはかなわない。
姉上たちはカトル可愛さにおもちゃにする癖があるし、マグアナックは、真剣にカトルを女神(?)か天使だと思い込んでいる。そんな人間七十人近くの意見や願いを、カトルがないがしろに出来るわけはない。どうしてこんなに、カトルの周りだけ物量作戦なのだろう。そんな心優しいカトルを丸ごと愛しているトロワだが、いや、だからこそ、持って来るべき物の選別に迷わないでいいように、身ひとつで来いと言った。
約束通り(トロワが言うに)愛の棲家へ小さな荷物一つでやってきた素直さが愛しくて、トロワはカトルを強く抱き締めたのだった。
そんなトロワの行動に驚いたのはカトルだ。いきなりの抱擁にカチカチに固まってしまった。元ガンダムパイロットでもデュオならこういうことはよくあった。そもそもがスキンシップ好きだったから驚かないが、トロワも実はそうだったのだろうかと、カトルは照れ笑いしながら思っていた。トロワが聞けばさめざめと泪を零しそうな仮説である。あくまでカトル相手限定の愛情表現だということを理解して欲しいと思うことだろう(デュオも首肯するに一票)。それでも頬を染めて、嬉しそうにトロワとハグしているカトルの姿は愛らし過ぎるものであった。
「あのね、トロワ」
「ん?」
「毎日出かけるときや、帰ってきたときは、ハグしてほしいといったら、面倒かなぁ?」
「いや」
「じゃあ、毎日して」
こんな可愛いお願いをされて、誰が断れようか。カトルが許すなら一日抱いて過ごしたいトロワである。ストイックに生きてきたトロワは、カトルに対してだけ、力一杯弾けている。人生の中で一番渇望していたものを手に入れたのである、幸せの極みではないか。
「カトルが拒絶しない限りは、そのつもりだった」
「嬉しい。本当?」
「ああ、当然だ」
「ありがとう、トロワ大好き。ボクこの日が来るのをずっと待ってた。今日からよろしくね」
天使を連想させる、包み込むような、あたたかい、やんわりとした微笑み。その笑みに蕩けそうな感覚を覚える。
「トロワ淡白だから、こういうの嫌いなのかと思ってた」
「男同士ではしないだろ」
「……ううん。デュオはもちろんだけど」
「勿論なのか?」
「うん」
今度遇ったら、と考え出したトロワを無視してカトルは話を続ける。
「ヒイロも五飛も、みんなはハグしてくれたよ。トロワだけ……」
「オレだけか?」
「うん。トロワだけしてくれなかったね」
「オレだけが……」
「トロワ?」
「……オレだけが」
(そ、損をしていたあぁぁああぁあぁああぁぁlーーーっ!)
と、心の中でだけ叫んだトロワは懸命だ。そして、見事なほどの無表情だ。乏しいのも業かも知れないが、ここまで来ると気の毒だ。
「トロワ、トロワ」
「……」
「いたい」
腕の中での小さな声にトロワは、はっとする。
「すまないカトル」
「ううん。ボク丈夫だから大丈夫」
自分を抱くように、二の腕をすりすりと撫でているのは無意識の行動なのだろう。ヒイロの陰に隠れている観があるが、トロワも相当の強力者だ。
「すまなかったカトル。少し遠くに行っていた」
「遠くに?」
「いいんだ」
カトルは頭に?マークを浮かべ、しきりに首を傾げている。小動物みたいで可愛い仕種に心奪われながら、トロワはカトルを部屋の中へと誘うことで、自らの奇態を誤魔化したのであった。
この話は続きまーす。
小説載せてないなぁって、ずっと気にしていたので、PC内にデータがあったのもを乗せることにしました。
2008年1月とむゆきにしては(ここに載せるものとしては)新しいのですが。
最初、コミカルよね。
と、思って書いていたのですが。
「おちゃらけてる」をとおりこして、
「おちょくってる」の域までいってました;;
読み直して震撼しました;;
この本買った方、怒ってないでしょうか;;
いっぺんに載せれないので、4まで続きます。
お付き合い戴けると良いのですが。
しかしー。。
なぜ、むゆきはあえて、載せるものにこれを選んだんだろう。
怒らないで、楽しんでくださいーー;;
ひらに、ひらにぃ;;
ご意見・感想などございましたら、お気軽にお聞かせくださいませvv