~kisses~ トロワ×カトル
■3■
* * * * *
初めてのキスはどんな感じがするんだろう。
考えたこともなかったと言えば嘘になる。
それは、甘酸っぱいと謳ったのは誰だろうか。
レモンのようと言ったのは……。
どうして、そんな味がするの?
カトルは自分の口唇に触れて、ぼんやりと考える。
答えなど出て来るはずもなかった。
* * * * *
お互いの部屋に行き、眠りに着く前にトロワはカトルを抱き締めて、
「おやすみカトル」
と、左右の頬に平等に口唇を落とした。
するとカトルは手を伸べて、トロワの首に腕を絡めた。
「トロワまた背が伸びたの? 少し屈んでほしいなぁ」
そして、トロワの頬に音を立てて、ちゅっちゅっとキスをしたのだった。
「頭突きじゃないよ」
「わかっている」
珍しくトロワが笑っている。
「ちょ、ちょろわがしてくれたから、ボクもと思って」
「ああ、光栄だ」
舌がもつれている。赤らんだ、まだあどけないほっぺのライン。そこを中心にカトルの顔が火照っていた。
見つめたトロワは引き寄せられたように視線を外せない。
「これも、毎日でも、いいのかな」
「まだ、毎日忘れたくないものがあるんだが。――――カトル」
名を呼ぶが、照れているのか目線を合わせようとしないカトルの顎に手をかけると、ぐぐっと上向かせた。
翠と碧の美しい二対の瞳。視線が絡み合う。
熱を帯びているのは、恥らってばかりいるカトルばかりでは無かった。
「……カトル」
声が、吐息が、熱く、せつなげで。
長い睫が震え、カトルの滑らかなミルク色の肌が、裡から朱を透かして行く。
トロワは華奢な躰を片腕で征服すると、上向かせたカトルの瑞々しい口唇にゆっくりと、己のそれで触れたのだった。
マシュマロよりも柔らかなカトルの口唇。触れられるためにあるような、ピンク色した口唇は、言い知れぬ心地よい弾力をもっていた。
逃がさないように頤を掴んでいたトロワの片手はそのままだが、カトルからは嫌がったり、もがいたりするアクションは見られなかった。カトルは素直にトロワの口づけを受け入れたのだ。
触れ合っただけ。確かにそうかもしれないが、二人にとっては大きな前進だった。
ふるふると痙攣しながら瞼が力を緩め、碧い瞳が顔を出した。少しして。
「……毎日、こう、するの?」
小さな問い掛けの声だった。
「カトルが逃げない限り。……いや、逃がさない」
逃げようとすれば力任せに強引に、酷い事をしてしまうかもしれない……。
そんなトロワの気持ちを知らぬカトルは微笑を浮かべると、こくんとひとつ頷いた。
「嬉しいって言ったら変かな?」
「……否」
カトルのあまりに可愛い反応に、トロワの心臓も早鐘を打つ。
禁欲的な姿を前に人に知れることは無いが、喜びで身体が震え出しそうだった。
――――絶対の征服欲が迫ってきている。
それを抑制しながら、トロワはもう一度、存在を確かめるように強くカトルを抱き締めた。
「んん」
少し慌てたカトルの声が、トロワには艶めかしく聞こえていた。
いつかこの人を、穢してしまうのだろうか。
礎を築いた今、改めてトロワはそう思った。
* * * * *
部屋に入ったカトルはこ狭いシングルベッド突進した。上掛けを剥ぐとそこに潜り込み顔を両手で覆った。
(はずかしーはずかしーはずかしー! びっくりしたーびっくりしたーびっくりしたー! 毎日? 毎日こんなことしちゃうの? トロワとキスするの? はずかしぃー、はずかしいよ、そんなのぉ!)
耳まで真っ赤にしたカトルは、上掛けごともんどりうつ。
(キス、キスの感触? ふわふにって感じ。味? そんなのしなかった。これがホントにボクのファーストキスなの? 全然わからないよ……)
無味無臭だった。触れただけなのだから当然なのだが、カトルにはその辺のところもわかっていない。
(トロワだから? トロワだからなの? わからないよう。レモンは一体どこに行ってしまったの?)
羞恥に打ち震えた心臓は外にまで飛び出して、今は歯を鳴らしている。
今のが「おやすみのキス」なら「おはようのキス」もあるのだろうかと、カトルは転げ回るしか出来ない。狭いベッドからドサッと落ちた。が、興奮で痛くも痒くもない。明日広いベッドを買おうと、妙に冷静な頭の一部分がそう告げる。気をしっかり持とうとしているだけかもしれなかった。
眩暈に襲われながらカトルは眠ってしまった。
気絶だったのかもしれない。
* * * * *
カトルは眼を覚ますと、自室から顔を出し恐る恐るトロワの姿を捜した。
そう広くも無いマンションの部屋なのだから、直ぐにリビングで新聞を読んでいるトロワの後姿が見えた。直後に父ザイ―ドとの写真が眼に入り、カトルは赤面した。昨日のキスも、
(父上に見られてた!)
裏返したい衝動に駆られる。
「トロワ、おはよう」
遠回りして棚に近付くと、さりげなく写真をぺたんと倒す。
「おはよう、カトル」
立ち上がるとトロワが遣って来た。
――――来たァーーッ!
硬直していると、頬に軽くキスをして、
「おはよう。よく眠れたか?」
と、優しい声色で訊ねてきた。
ほっぺ?
なんだか拍子抜けしてしまった。決して物足りない訳では無い、決して決して。
カトルは背伸びをしてトロワに倣い彼のシャープな頬にちゅっとキスをした。
「う、うん、ありがとう。良く眠れた。もう気を失ったみたいに」
「そうか」
「トロワは?」
「俺は心配には及ばずだ」
「ほら、直ぐそうやって誤魔化す。悪い癖だよ。本当に眠れたのかい?」
「ああ、カトルは優しいな。眠ったから心配するな」
カトルはむすっと膨れっ面になる。輪郭は変わったが、トロワから見れば愛らしい幼げな仕種でしかない。この年で膨れても、もともと可愛らしいカトルならば可愛いさが増すだけだと、感心したように老成したトロワは思っていた。こいつは、子供の頃から膨れたことも無く、シャープな輪郭を保っている憎たらしい奴だ。今のカトルと幼少の頃のトロワとは、どちらが頬が丸いのやら。
どうしてカトルが不満な顔をしたのか。それは、トロワがどれくらい眠ったか言わなかったからだ。無理をしていないか、心配なのである。会話が進まなくなるから、この事は次の機会に「とっちめてやる!」と思い、カトルは話を促がすことにした。トロワがカトルにとっちめられるとは、なんと楽しそうな。見てみたい気がしてならない……。
カトルが小さく欠伸をした。
「気持ち良さそうだな」
「うん。とっても」
トロワが微笑ましいものを見る眼でカトルを見つめている。慈愛にも似た光を宿す優しい瞳だ。茫洋とした爬虫類の眼でもある。
「う、う~ん」
今度は大きく伸びをする。
「ずいぶん眠った気がする。いま何時なんだろう」
「丁度、正午だ」
「えっ! 正午? お昼?」
「そうだな」
「ごめんなさい。起こしてくれれば良かったのにー」
慌てるカトルに対してトロワはやはり彼らしくすかしている。愛するカトルが隣室で眠っていると思い、あまり眠っていないのだ。トロワらしからぬ、意外と青年らしい健康な反応を見せたものだ。
「ご飯食べた?」
「いや、温めればいいようにしてある。朝食を用意しよう」
もう、朝食というより昼食時だ。
「先に食べてくれてよかったんだよ。ごめんね、トロワ」
カトルに悪意が無いのはわかっている。それでも、申し訳ない気持ちでいっぱいなのだろう。それはわかるが、そんな表情で仕種で声で謝られては、万が一、怒る気だったとしても、そんな気は失せてしまう。容姿だけで十二分にお人形さんのように可愛いのに、この舌足らずは反則だと思う。無味乾燥選手権グランプリ候補のトロワだって、でれっとしてしまいそうではないか。創造主は何を思ってカトルにこんなギミックを授けたのだろうか。危険だ。
凍った心を持つトロワ苛め? 『永久氷壁対地球温暖化』な、構図。融けてきている感じ。……身近で例えれば『冷凍庫の氷対ヤカンの熱湯』熱湯の圧倒的なパワーを前に氷は文字通り形無しだ。実にトロワとカトル的だ。
こういうときトロワの言うことは決まっている。
「気にするな」
これだ。
「新しい家で環境が変わって、カトルがよく眠れるか心配していたんだ。だからもし、カトルがゆっくり眠れている ようなら、今日は起こす気は無かった」
「じゃあ、せめてご飯ぐらい、先に食べててくれてよかったのに」
「折角二人で居られるのに?」
「へっ?」
「新居で迎える初めての食事を独りで済ませろと言うのか?」
ついっとトロワの瞳が動きカトルを捕らえる。思わず視線を受けたカトルはその姿の綺麗なことに圧されドキドキしてしまう。心臓を掴まれたようだ。
「あの、さ、寂しい、よね」
トロワは片方の口角を微かに上げる。
「顔を洗って来い」
「はーい」
こくこくこくと三度頷いて、回れ右しそうになったカトルが踏みとどまった。
「直ぐに戻って来るから待っててね」
「わかった」
その言葉を確認すると大輪の花が咲くように微笑んで、カトルは小走りで洗面所へ向かった。
キッチンに入ったトロワがスープを温めだすと、間も無く良い香りが漂い出した。香りが空腹を刺激する。スープの匂いが部屋中に広がっていった。
4に続きます。
それで、ラストになります。
しかし、この話はなんなのでしょうね。。
つまんないと思われてそうで、やだわーーー。。。。