【PECHA-PAI】3 † † †
カトルは『アリス・キャロル』、ヒイロは『ハルノ・シオバナ』という偽名を使い、二人が接触していても違和感がないように、某学園からの同時留学生という名目で学園に潜入していた。
さながら観光地を行く団体旅行の図。
学級委員長と並んで歩くカトルのその後ろに、ぞろぞろと人が続いている。
添乗員の位置に居る委員長に案内され、カトルは短い休み時間を利用して校内を回っているのだが、留学生に興味のある親切かつ好奇心旺盛な人間が、なにげに後をついてきていた。
この状況でどうやって調査をするんだろうか?
カトルはにこやかな笑顔を浮かべ、その実、困り果てていた。
この構図は、仕事時の視察中の状況に、なんだか似ている。
朝に挨拶を済ませてから、ずっとこの調子だ。休憩時間ごとにカトルの周りには生徒が集まってくる。
一時間目の授業が終わって直ぐ、髪にヘアーアクセサリーを付けていたことを忘れていたカトルは、突貫工事さながらに手櫛を通してしまい、毛先に辛うじてぶら下がっていた飾りを髪に止め直すのに苦心していた。
カトルの動きに合わせて慎ましく揺れる、ビーズと手磨りガラスで出来たチャームが付いたちっちゃなバンスは、デュオが用意してくれたもの。これを含め五種類の髪飾りを持たせてくれた。毎日、取り替えて使えば『女の子らしい女の子』に見えると言っていたから、男であるカトルは、少しでも『女の子』らしく見えるように、デュオの言う通りにするつもりでいる。セミロングのウィッグも用意されていたが、弾みでぽろりとなるとまずいからと、不採用になったのだ。「カトルには必要ないだろ」の“には”の部分に、カトルが引っかかったことは言うまでもない。
鏡も見ないで慣れない作業を行っているカトルに、声を掛ける機会をうかがっていた女生徒の一人が、ここぞとばかりに鏡を差し出してくれた。
「よかったらこれを使って、キャロルさん」
「ありがとうございます」
にっこりと微笑んだカトルの柔らかい雰囲気に安心したのか、彼女は身を乗り出す。
「綺麗な髪。まるで宝石みたいだわ。そのピンもとってもお似合いね。――せっかくクラスメイトになったんですもの、アリスさんと呼んでもいいかしら?」
カトルが頷いた時には、クラスメイトに取り囲まれていた。
タイミングをはかっていたため黙っていた者たちの耳に、スタートの合図が聞こえたのか、口々に話し出し、途端に教室は騒がしくなる。
「かわいい×2」「お人形さんみたい!」と、歓声を上げている女生徒にカトルは圧倒されつつも、懐かしい情景であると感じるのは、幼少時代の想い出の中の姉たちと彼女たちが重なるからだ。男子生徒の歓呼の声が、時折、低く湧くさまも、マグアナックがよぎるカトルだ。群がるお友達候補および彼氏志願者たちに向ける笑顔は、心からのものだった。
次の休憩は、留学生の噂を聞いた他のクラスの人間まで教室を覗きにやって来た。そして現在の、おとりまきを従え校内観光といった感じの状態に至っている。
それにしても、半日足らずのうちに「ハルノ君」についても、カトルは随分と質問された。女の子の興奮した甲高い声は、黄色い声というだけあって、キィキィ辺り構わず響いている。
質問合戦に善戦し、生徒たちの話から大雑把に校内を知ることは出来たが、さらに細かな情報収集をするため、カトルは時間的にも長い昼休みはクラスメイトをかわすつもりでいた。
放課後、ヒイロとカトルは、クラブ棟の近くにある『機材準備室』で落ち合い情報を交換していた。
今は使用されていない室内には、点滅を繰り返すプラネタリウム、マーカー挟みが曲がった大型コンパス、テープで修復を試みた跳び箱、パッチワークされたマットレス、弾まないドッチボール、などなど、現役を退きここで隠居生活を送っているものがたくさんあった。要するに準備室という名の、廃品を集めた倉庫と言った方がわかりやすい場所だった。
まずはヒイロの収集した話を聞いていたが、留学生の深窓の佳人の噂まで至る所で耳にしたというオマケがつき、スゴイ評されようにカトルは目を丸くした。
「それどころじゃない様子だったが、お前のほうは何か掴んだのか?」
「ヒイロ、その眼はないだろ」
あまり期待していないと語っている。ヒイロに向かって指を振ると、カトルは薄い胸を反らせた。
「冷えるぞ」
姿勢につられセーラー服が少し上がり、隙間から少しだけ肌が覗いたのだろうか。ありがたい指摘に、カトルは腰に当てていた手を正面でお行儀よく揃える。スカートをはたくような動きをした後、
「まだ核心に触れるような内容はないんだけど。僕は生徒以外の人にも接触してみたんだ。その中に無線部の顧問の先生がいたよ」
「手が早いな」
「意味が変わっちゃうから“打つのが“ってちゃんと言ってよ、ヒイロ」
「好都合だ。カトルはそのまま教職員を中心に探りを入れろ。お前は、その手合いに気に入られやすい」
「そうなのかわ、わからないけど……。とりあえずやってみるよ」
カトルが今日案内された校内の様子を思い出しながらヒイロに話をしていると、本部との通信が繋がった。
モニターは、ひらひらと手を振るデュオの大写しだった。
『カトル、学校はどうだ? スカートとか捲られなかったか~?』
「デュオ~、バカなこと言わないでください。誰がそんなことするんですか」
『仏頂面の男には気をつけろ』
カトルは思わず横にいるヒイロを見て、同意を求めるように苦笑する。
『おっと、こっちに仏頂面が新しい情報をそっちに流せってさ。――おいトロワ、カトルだぞ』
「いいよデュオ、わざわざ呼ばなくても」
好きな子のことで冷やかされている小学生のように真っ赤になる。強くなりそうな口調を抑えてカトルは言うが、相手は聞いていないと丸出しだ。
『トーロワッ、呼んでんのが聞こえねぇーのかよ! なんだよ、手が放せないのか? わかった、わかったって。遊んでないって。よく見ろよ。ちゃんとお仕事はしてるだろ。――わかってますって。ほらこうやって口と同時に手も動いてるだろうが。作業の速さも俺の売りなんでね。――ついでにカトルの映像プリントしとこうか? セーラー服だぞ。……って、お前、どこ行くんだよ? おいって! トロワ、トロワッ。……あ~ぁ、行っちまいやがった』
「…………デュオ、君、何やってるの?」
ヒイロは完全に無視していたが、見当はついていても、そう口にせずにはいられないカトルだった。
† † †
屋上の金網にへばり付き、カトルは校舎を頭上から見下ろしていた。
ここから調度、無線部の入っているクラブ棟の窓が中まで見渡せると、ヒイロが言っていたから来てみたが、見えたところで、遠すぎる。
「……見えるって言ってたけど、これじゃあ、わかんないよ」
ヒイロは双眼鏡のような眼をしていると、カトルは溜め息をついた。
ガシャンと、金網が鳴ったのはカトルが額を押し当てたから。
風を強く感じるのは、足元がスカスカする服装のせいだ。大きなセーラー襟も、カトルの髪の毛同様、大騒ぎして。誰かが手で押しつけているように、スカートは足に纏いついている。だけど、ちょっとした切っ掛けがあれば、布切れは風圧で捲れ上がってしまうかもしれないと、忘れてはいけない。
スカートは本当に動きづらいと思う。
学園に潜入したから、スカートで歩くというのは、ひどく自分自身の“生の肌”の感触がすると、カトルは新発見をしていた。
ズボンでは布が脚を覆っているが、それがない状態は、肌が触れ合う感触がする。子供のときのカトルの夜着は、被ればお着替え完了のタイプであったわけだし、家の中でもズボンを穿かずにチョロチョロしたことがないとは言えない。意識のしすぎなだけなのだろうけど。
カトルはどうも、自分のくびれがなくストンとしている脚の形や歩き方から、男だと人に悟られるのではないかと思って、心配でたまらないのだ。
ヒイロは「元々、お前の歩行姿勢は誰かのように、がさつじゃない」と、カトルの歩き方にも問題はないと言ってくれている。デュオに至っては、スカートに抵抗のあるカトルの不安を、除こうとしてくれたのか、脚の形が綺麗だとか、目の保養になるだとか言って、持ち上げてくれた。
デュオの発言なんて、職場の女性に使えばセクハラに該当する。そんな身の危険を犯してまで……。デュオって『いい人』だと思っていたのだから、カトルは『人がいい』。
褒めて伸ばすタイプの人間だと確信を抱きつつ、「トロワみたいなことを言って」と、カトルはデュオに突っ込みそうになった。
んぐっと言葉を飲み込んだのは、すぐ隣で本人が涼しい顔をして、腕を組んでいたから。「言った覚えはない」なんて、きっぱり否定されたら立つ瀬がなくなるではないか。
(トロワ、どうしてるんだろう。……別に不便なこともないだろうけど)
カトルはぐるんと身体の向きを変え、金網に凭れ掛かった。
その時、物陰で何かがキラリと光った。
反射的にカトルは、キッとそちらを見る。
走り去る人の気配に、後を追うが、直ぐに階段に続く扉が閉まる音がした。
不自由な服装に唇を噛み締めつつ、カトルはあとを追いかけ薄暗い階段を駆け下りる。階下の廊下に辿り着くと、カトルは何事もなかったように、周囲を見渡し歩き始めた。
そうしながらも、たくさんの生徒たちが行き交う中に、呼吸の乱れた者など、怪しい人間がいないか捜すが見当たらない。
どこかに紛れたのかと、近くの教室を覗くが、間が悪かった。男の本能とばかりに、集団でアームレスリングに興じている生徒たちにプラスして、やじ馬まで鈴なりになっていた。
息が荒い者が多くいて、不審な人物を特定することができなくなってしまった。
即、ヒイロと接触したかったが、ぐっと我慢してカトルは放課後を待った。
やっと授業も終わり、カトルは直ぐにでも姿をくらまそうとしたが、男子生徒に捕まってしまい逃げ出すのに苦労した。
美味しいケーキのお店がどうのと、どうやらご馳走してくれるつもりのようだが、カトルにそんな暇があるわけがない。
丁重にお断りをして、表向きは帰宅しようとするところへ、「アリスちゃん、またね」という言葉。一瞬、自分が『アリスちゃん』だと忘れていたカトルだが、軽く頬笑み会釈をすると、関係のない生徒まで元気に手を振って見送ってくれたのだった。
「ヒイロと会うのも大変だよ」
カトルはぼやきながら、パッチワークの継ぎはぎのあるマットに腰を下ろした。
「ぐずぐずしているから人に捕まるんだ」
既に準備室にいたヒイロに言われてしまった。
「そりゃあ、ヒイロと比べれば。ヒイロから見て素早い人って……、ああ、トロワくらい迅速ならいいんだろうね」
「何か掴んだらしいぞ」
「トロワが?」
「まだ、はっきりとしたことはわからない」
「彼が黙ってるってことは、確信がまだ持てないんだね」
思い描くトロワにさえ、カトルは信頼を寄せている。少し心細くなっても、トロワがいてくれるから大丈夫だと、根拠もなくそう思っていた。たとえカトルの特別な人ではなくなってしまっていても……。
「そんなことより、カトルの見たという不審な人物だが」
「ずっと見られている気がするんだ。ここに来るのさえ不安だったんだけど、なんとか撒くことができたみたい。潜入していることがばれてしまったのかな」
緊張した面持ちのカトルにヒイロは視線を向ける。
「光るものを見たのか?」
「うん。一体なんだったのかまでわからないんだけど……。あんな至近距離なのにスコープを使っていたとも考えにくいし」
「生徒に囲まれているときも視線を感じるというカトルの言葉が本当なら、あからさまな銃器を構えているとは考えにくい。どちらにしろ、見張られている可能性があるのはカトルだけだ。俺のほうに異常はない」
ぐずぐずしていると言われたが、それどころか自分は、鈍いのだろうかとカトルは沈みそうになる。
見つめた碧い瞳が、どんな表情をしていたのか、ヒイロは相変わらずの眼光でカトルを真っ直ぐに射る。
「これからカトルは下手に動くな」
「動くなって、ヒイロは僕にはもう何もするなって言うの」
「違う。そのまま引き付けておくんだ。お前に注意が向いていれば、その分、俺は行動が取りやすくなる」
こう言われてしまうとカトルは承諾するしかなかった。
それからというもの、カトルは誰かに見られているような気配を感じながら過ごすことになった。
極力目立った行動は避け、何か突っ込まれた時でも自然な言い訳ができる程度の調査はカトルなりに続けていた。
しかし、カトルに向けられる視線は、次第に強くなっていった。
† † †
目立つ行動は止めておけと言われても、じっとしていることはできないカトルだ。クラブ棟の近くの小径をそぞろ歩きする。
人に何か言われたところで、散策だと言い張ってしまえばいいだろう。現に珍しい樹木もあるし、何といってもこの学園には、昔、このコロニーで権力を有していた人物が、地球のさるJPA地区の『城』を模して造らせたという、建造物の名残が随所に見られ、景色としても興味をそそられるものだった。
校内の敷地といえども奥へ進めば、人影もない静かな場所になっていた。校舎の周囲の庭木は剪定されたものだったが、あまり生徒も近づかないようなこんなところは自然のまま木が伸びている。
なにげに立ち止まる。
遅れて一歩、地を踏む音がした。
それだけならよかった。
カトルは気が付いていない振りをして、安全そうなところまで移動しようかと思っていたのに、ガサガサガサとたたらを踏む音がしたのだ。
これにはカトルも驚いた。ビクッと肩を竦ませると直ぐに歩き始める。相手の行動の意味がわからないだけに不安になった。
急ぎ足に、追う足音も同じ歩調でついてくる。
つけられている。と、気づくなというほうが無理なほど。あからさまに追ってきている。
(だったら……)
カトルは後ろを振り返った。
「えっ! うそっ!?」
小さくカトルは叫ぶ。
身を隠すでもなく、そこにははっきりと一人の男がいた。
もはや無視もできない状況。この学園の制服を身に着けた男に、カトルは空々しいと思いながらも問いかける。
「な、何か、ご用ですか?」
沈黙にカトルも少し首を傾げたまま動きを止めた。
「あの、……」
カトルがもう一度口を開きかけたとき、その男が猛烈な早歩きで突進してきた。
「ちょっ……――――!!」
肩の位置に上げ、差し出された両手には小型のカメラが握られていた。そのレンズは真っ直ぐにカトルのほうに向けられている。
それはカメラ型の銃器なのか。
後退ったカトルに、後ろから、今度は何者かが忍び寄った。
カトルがその気配を察すると同時に、「ヒィッ!?」と、麺前の男が引きつった声を放った。
すぐ側まで来ていた男が、そのまま崩れ落ちる。
(やられた!)
自分の背後の人間がやったのだと、瞬時に悟ったが、相手の素早い動きに、カトルは反応する暇もなく背後から抱きすくめられた。
「――――――ッ!?」
悲鳴を上げそうになったカトルの口許を、大きな手のひらが覆う。
「んっ……ん!」
護身術を身に付けているカトルの動きが封じられた。
回された腕を解こうとするが、相手の力が強いのか、力の逃がし方を心得ているのか、手も足も出ない。懸命にもがけども、苦も無く押えつけてくる。
どうすることもできないと思ったとき、自然に一人の人がよぎった。
カトルは心の中でその名を呼んだ。
「泣くな」
直ぐ耳元で……。
声は当然、背後の人物のもの。それはそのまま、その人物の正体を表わすもの。
「カトル……泣くな」
それは、カトルが心で思った人。トロワの声だった。
カトルが動きを止めたせいか、その身体を捕まえていたトロワの腕の力が緩められた。
完全にトロワが身体を離してしまわないのは、カトルが脱力してしまっているから。トロワの腕がなくなれば、カトルは地べたにへたり込んでしまうだろう。
ズルズルズル。
ずれ下がるカトルの身体を、トロワの腕が抱き止めている。もはや、後ろから持ち上げられているようなもの。
「カトル?」
トロワは華奢な身体を支えたまま、カトルの動揺とは不釣り合いな穏やかな声を出す。
「トロワ……」
やっと小さな声を出した。
「心拍数が上がっている」
両腕の下を通るように、身体に回されたトロワの腕がカトルの心臓の音を聞いたのか。本来なら両方とも力無く垂れ下がっているはずの腕のうちの片方の手首が、トロワに握られ万歳の形に持ち上げられているが、ついでに脈までとられているのか。
最早そんなことは、カトルにとってはどうでもいい。等身大の人形のように、ぐんにゃりしたまま、何とか声を出した。
「……泣いてなんか、ないよ」
滑ったまま、斜めに投げ出されている脚が真っ直ぐになる高さまで体勢が戻される。
カトルが自分の力で地面に立つと、漸くトロワも腕を解いた。
一、二、三歩かけて、カトルはトロワのほうを向いた。
「確かに、泣いてはいないようだな」
見上げてくるカトルの瞳を見つめ、トロワは微かに口端を上げる。
トロワの声を聴いて頬を赤くしたカトルは、パチパチと瞬きをすることで、目尻がちゃんと乾いていることを自分でも確認していた。
とんだ言いがかりに少しむくれそうになる。トロワはカトルのそんな表情を読んだのか、片方の唇の端をくいっと上げた。
「もがいているときの声が、泣いているように聞こえた」
認めるつもりは毛頭ないのに、トロワの顔を見ているうちに、カトルはなにも言えなくなった。
「無事でよかった」
「……トロワ」
その後に続いたカトルの「ありがとう」は、なぜか明るさを欠いていた。
いくつもの”嬉しい“に重なる”もどかしい“。
せつなさで、いっぱいになる。
トロワの手を見ているのは、触れる場所を探してのこと。意識の中でだけ、その手を握りしめる。
心からの感謝の気持ちや愛しい気持ちは、触れることにより伝えたくなるものだと、カトルはそうはできないからこそ、見出した。
本当は、飛びついて、すがりたい。
「カトル、行くぞ」
のびている男子生徒を放ったらかし。
「ちょっと待ってよ、トロワ。彼はどうするの? それから、どうして君がここに居るの? 潜入じゃないんだよね」
トロワは制服を身に着けていない。生徒として学園に紛れ込んできたわけではなさそうだ。
「構う必要はないから、放っておけ」
「放っておくって。事情を訊いたりしなきゃいけないでしょ。それに、彼、怪我をしたんじゃないのかな」
「カトル、そんな奴のことは心配しなくていい。自業自得だ」
トロワは淡々と言う。
「それに、そいつは、今回の件には無関係だ。気が付けば自力で何とかするだろ」
「無関係? でも、彼は僕を襲ってきたんだよ」
カトルは警戒して、まだ意識を取り戻す気配すらない暴漢から身を遠ざける。
「襲ってきた……。確かにな」
あれ? と、カトルは思った。カトルの言葉をおうむ返ししたトロワが、不機嫌に見えたからだ。
急にカトルは疑念が晴れたように言った。
「そうかっ! 関係者じゃないんだったら、僕の勘違いだったんだ!」
庇わなければいけない気がして、必要以上に大きな声を出していた。
反対意見が述べられる前に、さぁ、行こう! とばかりに、カトルはトロワを急かしてその場を離れた。
■It continues.■