【PECHA-PAI】4 準備室についたものの、説明はヒイロも来てからのほうがいいだろうと、トロワは口を閉ざしたままだ。
物置のような薄暗い空間に沈黙が訪れた。
テープで半端に修繕された跳び箱にトロワが腰掛けると、アーティスティックな椅子に見えなくもない。少々、前衛的な感は否めないが。
勝手に定位置にしていたマットに腰を下ろしているカトルは緊張し、揃えた膝にもいつも以上に力が入る。もっとも、普段からそこの緩むことのないカトルだが。
(何を話せばいいのか、わからない)
と、カトルが思っていると、意外にもトロワから口を開いた。
「どうも俺は、何か大事なことを忘れているような気がするんだが。カトルには何か心当りはないか?」
トロワの忘れ物をどうして僕が知ってるんだよ。と、カトルに不思議な顔をされても仕方ないことをトロワは真顔で言った。複雑な表情を浮かべるしかできないカトルだ。
「トロワ、気持ち悪いの?」
「引っかかるということは、そういうことなんだろうな」
「だろうな、って。……トロワはどうして僕に訊くの?」
視線を合わせる。じっとこちらを見ているトロワは落ち着き払っていて、中に不安なものがあるなんて感じられない。
「驚くかもしれないよ」
「俺が、か?」
「そう、トロワが」
「そうなるといいんだが」
ぽつりと独り言のようにトロワ。
デュオじゃないけれど、トロワって掴めないと、今更ながら思うカトル。
「びっくりしたいなんて。刺激が足りないわけじゃないよね」
そんな俗な感覚を持つトロワというものを想像してしまって、カトルは含み笑いしてしまった。
「そういう仕種まで違和感がないな」
手を口許に。それを指して言ったのだろう。服装に合わせたわけではなく、カトルは元からそういう上品かつやんわりとした物腰の人間なのだ。つまり、素が出ても女物の制服が浮いてこない少年。
カトルは動きを止めて、膝の上に手を添えると、誰もいない壁の方向を真っ直ぐに見た。口をむぐむぐさせながら、頻りに瞬きをしている。反応が取れないのだ。
そんなカトルの様子を見て、どう思っているのか。立ち上がったトロワは、ポンコツ手前のプラネタリウムの装置にスイッチを入れた。
仄暗い室内に星星が散った。
「まだ、つくんだよ、それ」
得意気に説明するカトルは、またにチカチカとするものの、この装置の趣旨通り簡易的に天体の運行を観察することはできることを、初日に実践済みだ。
スカートから覗く膝の上に肘をついて、両手で顎を支える。
昨今はCGなど使って、もっとリアルで鮮明、何より正確な天体を見ることができる。これ自体とてもレトロな物なのだ。
だけど、この陳腐な装置には、趣やあたたかみがあるような気がした。
「本物の宇宙より、幻想的かもしれないね」
目で星を追いながら、後ろ手をついてカトルは上を見る。
星が点滅した。
つられて同じリズムで眼を瞑る。
ゆったりと近付いてきたトロワが、カトルの傍で片膝をつくように沈んだ。
そのままの姿勢で下を向いたトロワの目線の位置はカトルの足元だった。
靴先。それとも、踝が隠れる丈の三つ折りの白い靴下に何か用でもあるのだろうか?
手はマットに置いたまま、一緒になって足元を覗き込むように、カトルは上体を前に移動させる。ぴたりと合わされた両膝をひねり、脚の角度を変えた。
本当は彼の表情が見たいのだが、俯いているのだからそうはいかなくて、垂れ下がった髪の毛を見ながら、カトルがちょこんと首を傾げると、トロワの視線が這い上がってきた。
ゴチンッ。と、視線がぶつかった。
疑問を抱いて、翠の瞳を迎え撃ちカトルの大きな瞳が見開かれていた。
「カトル」
周りが暗くても、唇の動きまで、よくわかる距離。
「なぁに?」
返事をしながら、言葉的には利口そうじゃないが『かしこそうな口許』と、カトルはトロワを見ていて、ふと、そう思った。
すっと手を上げて。
「これは、お前の物か?」
長い指先に、小さな髪飾りがあった。
小さな花がモチーフになった清楚なヘアピン。
「ありがとう」
カトルが手を伸ばす。
「失くしてしまって、ずっと気になってたんだ。こんなに近くに在(い)たのにね」
カトルは優しく塵を払う。
そんな自分の様子をじっと見守っているトロワに、カトルは気が付いた。
手元に視線を落としたまま、カトルは静かに口を開く。
「君の落し物は、多分……」
言葉を切ったところで、トロワが無言のまま立ち上がった。
カトルは長身の彼を見上げる。
「トロワ?」
少し背を向けたトロワが肩越しにカトルを見遣る。
微笑むわけでもないのに、どうしてトロワは視線だけでカトルの心を搦め捕ってしまうのだろう。
カトルが踏み出しかけたのに、勇気空しく。
「タイムオーバーのようだ」
言葉が示す通り、扉が開きヒイロが現れた。
† † †
その後、呆気なく事件は終焉を迎えるとこになった。
丁度クラブ棟付近に戦時中あるゲリラ一派がアジトにしていた地下室があり、そこが通信の発信源だったと判明したのだ。学園の敷地の外れに出入り口があり、そこから迷路のような通路が地下室まで続いていた。
そんな大それたものを、彼らが自らの手で拵えたのではない。元々あったものだった。
ここにあった『城』がオリジナルから真似ていたものは表面だけではなく、抜け穴や隠し通路などに至るまで。不必要といえるような細部までコピーされていたらしい。学園関係者すら、その事実を知るものはなかったが、なんらかの方法でそれを知った彼らが利用していたわけだ。
戦争終結とともにここも打ち棄てられていたが、通信機器が生きていたのだろう。偶然か、鼠が悪戯でもして、スイッチが切り替わったのか、不審な通信が発信されるようになった。
種を明かせば、
『幽霊騒ぎの結末みたいなもんだな』
と言った、デュオの言う通りかもしれないが、物騒な事態に発展しなくてよかったと、カトルは胸を撫で下ろした。
イマイチ、元ガンダムパイロットたちに緊迫感がなかったのは、悪意の有無を肌で感じ取っていたからかもしれない。
『初めての潜入としては、適当な任務だったかもな』
アジトから再び準備室に戻り、本部に報告を入れると、デュオは笑っていた。
『よかったよな。大事にならなくて』
「はい。本当にデュオの言う通りです」
『それに、カトルのセーラー服姿も拝めたし。こういう任務ならジャンジャン入ってほしいねェー。カトル、今度潜入するときは、俺と一緒に潜り込もうなぁ』
言葉尻に巨大なハートが見えた。
「デュオ、あまり、からかわないでください。ああーッ、ダメッ!」
通信を切ろうとしたヒイロの手をカトルは遮ったが、プツンと虚しい音がして、画面は黒一色に染まってしまった。カルタ取りならヒイロの勝利といったところ。
「ダメだよ、ヒイロー。まだ、通信の途中なのに、……デュオ、怒るよぉ」
一瞥をくれただけで、ヒイロからのコメントはなかった。それどころか、準備室から出て行こうとするヒイロに、カトルは慌てて声を掛けようとしたが、今度はそれをトロワに制止されてしまった。
「ヒイロ、何処に行ってしまったんだろう」
「後始末だ。こちらも済ますとしよう」
既にトロワは端末に向かっている。
「じゃあ、僕も……」
「カトル、お前は何処に行くんだ」
扉に近付いたカトルにトロワは顔も上げずに尋ねた。
「さっきの彼、無事に戻れたのか気になって。もし、まだ倒れたままだったら気の毒だから、様子を見てくるよ」
「行かなくていい」
「でも」
「それも、あいつが処理する手筈になっている」
そう言われてカトルは安心し、トロワの仕事を手伝うことにした。いつの間にヒイロとトロワはそんな話し合いをしたのだろうかと、少し引っかかる部分もあったのだが。
事件とは関係のない人間が、どうしてカトルを付け回していたのか。すべきことが終わったら、トロワにちゃんと説明してもらおうとカトルは思っていた。
トロワが端的に語った内容によると、『彼は写真部の部員で、カトルの写真を撮ろうと、こっそり追い掛け回していたが、唐突に見つかってしまい、衝撃のあまり告白しようと突進してしまったところを、トロワに撃墜され敢え無く散った』ということだった。先走ってしまっただけで、カトルに危害を加える気はなかったそうだ。なんだか、デュオが言えば冗談だと思ってしまうような内容だった。
「写真って僕の? どうしてだろう……」
「知らない方がいいんじゃないのか」
トロワはやはり、細部を語る気はない様子だ。
既に撮影(盗撮)され、現像されていた写真からは、被写体に対する撮影者の感情が滲み出していたそうだとカトルは後に聞いたのだが、どんな感情だったのかは誰も説明してくれなかった。
腕はプロ顔負けのかなりのもので、どれも秀逸な写真ぞろいだったらしい。
「パネルにされていたものをデュオがくすねたようだ」と、五飛が呆れ返っていた。しかもネガは最後まで発見されなかったそうだが、それについてはデュオも潔白を主張していた。
首を傾げることばかりである。
「一応、全てが解決されたということになるんだろうけど、本当に不思議なことだらけだったね」
一仕事終え、カトルはトロワに同意を求めた。
場所が場所なだけに、お茶も出せないところが少し残念だ。
「まだ、俺の中では重要なことが未解決だ。カトル、大事な話の途中だったな」
どさくさで飛んでいたが、確かにトロワの記憶の話が中途半端になっていた。
「そういえば、トロワの話をしていたんだったね」
「そうだ。俺の落し物を、お前が知ってるんだったな」
促されても、カトルは言い澱んでしまった。
さっきは場の雰囲気に任せ、本当のことを告げてしまえそうだったのだが、こう間が開いてしまうと……。
「言えないのか?」
黙り込んでしまったカトルに、トロワは苛つくでもなく穏やかなものだ。
「カトルからは言い難いことなんだな」
頭を横に振らないことが、トロワの言葉を肯定することになってしまう。
「俺が失くしているのは、ある記憶じゃないのか?」
近付いてきたトロワがカトルの目の前に立った。
体格差を意識するのは、距離が縮まり、至近になったとき。そう、こうやって、見上げる角度から認識するのだ。
心臓の音が大きくなりすぎて、耳鳴りのように聞こえるのは、近くにトロワがいるから。そして、カトルの期待を煽る言葉を投げてくるから。
伸ばされた手が頬に触れるが、カトルは夢を見るような気持ちでいた。
現実だとは思えない。
もう片方の腕が細い腰に回り、抱き寄せられるまま、カトルはトロワの服にしがみつく。
「……トロワ?」
名前を呼ぶ語尾が上がる。
「俺の予想が誤っていたら、抵抗してくれて構わない」
耳元でトロワの声が流れたが、ゆるく耳朶を愛撫され、カトルは肩を震わせた。
腰を抱かれたまま手首を取られ、ゆっくりと背中が柔らかい壁に沈んだことで、トロワにマットに押し倒されているのだと、カトルはぼんやりと理解した。
抱き締める腕の強さ、確かに感じるトロワの匂いにカトルは安堵する。
頬から首筋へトロワの手のひらが滑り、肌を撫でる。
身じろぎ、瞼を閉じると唇が塞がれた。
唇が重ねられている。
トロワが自分にそうしたのだ。求めてくれている……。と思ったら、カトルは身体の奥から火がついたように体温が上がってしまった。
次第にそれは、表面に触れているだけではなく、深く探る行為になった。
「……トロ……ワ」
接吻けのなか、カトルはトロワの名前を呼ぶ。
「驚かないの?」
「カトルは俺にこんなことをされて、驚かないのか」
両腕を伸ばしてすがるようにトロワの身体を抱きしめると、唇が首筋を辿り、その感覚にカトルは身震いがした。
恋人の愛撫はそれだけでカトルを蕩けさせてしまう。現在の感触に、知っている、あとに続く快感が既に混ざり込むから。
上着の裾から入り込んだトロワの手のひらが素肌の上を這う。触れられているところを中心に、カトルの全身に、むず痒いような何かが走り始める。
小刻みに震える肌が粟立ち。カトルは感覚をやり過ごす仕種で、爪を噛むみたいに、握った指の先を口許に当てた。
たくし上げられたセーラー服は衣服というより、身体に纏わる単なる襞になって、肌を露出させている。
薄明りのもと、カトルの白い肌が外気に晒される。胸にあるほんのりと鴇色をつけたそこをトロワが口に含んだ。
「ぁっ……ン、ぅ……」
カトルは悲鳴を噛み殺した。
そこを啄みながらでも、長い指先が直にカトルのほっそりとした素足に触れることは造作もないことだった。
手が這い上がる。
弾みで捲れているスカートの中に侵入した。
ゆっくりとした動きで腿を撫でる。
広げた手は長い指のせいか、太腿から上に繋がっていく殊更柔らかな感触の部分にさえ及んでいた。
大きな手のひらは、横合いからそこを掴むように動く。
トロワには布地の中の眼には見えない情景まで、直接触れた皮膚の手触りから感じ取れるのか。闇雲に蠢くのではない、彼が柔肌の弱い部分を暴いていく様は、カトルの身振りからも浮き彫りになっていた。
が、
「ま、待って!」
カトルが声を絞り出した。
声はトロワに届いているのだろうか。その動きは澱むことなく。
途切れながらのカトルの言葉は、制止する力を持たず。滑るように潜り込んだトロワの手のひらが、柔らかな内腿を刺激する。
数度、やんわりとそこを撫でられただけで、筋肉が引き攣り、肌は繊細なわななきを見せ、カトルは甘い声を零した。
カトルは目尻に滲む涙を隠すように両手で顔を覆う。
「……だめ。トロワ、ゆるして」
乱れる呼吸の中では細い声しか出せない。
突き放さずにトロワの背中に腕を回し、カトルは距離を詰めたまま言った。
「やめて。今は、だめだよ……」
動きを休めたトロワをカトルの碧い瞳は見つめている。
どうして? と問いたげなトロワに、カトルはぽっと頬を染めたまま、
「だって、初めてなのに。この恰好じゃ……。それに」
恥じらいに長いまつ毛を伏せる。
ここはまだ準備室。ヒイロもいつ戻るかわからないのだ。
承知した。という意味合いのキスをトロワはカトルの頬に落とす。瞼にもう一つキスをしたのは、再演の約束を取り付けてのものだった。
† † †
トロワのベッドでカトルは眠っていた。それは勿論、長い行為の果てにである。
残っている――というより、出てきた身体の違和感に比べ、睡眠による十分な休息を取った頭はすっきりとしていた。
行為が進むにつれ、カトルはずっと泣いていた気がする。
カトルはトロワしか知らない。こうして触れられて生まれる甘い感覚をカトルに教えてくれたのは、他の誰でもなくトロワなのに。それなのに、無垢ではないと、きっと反応がそれを物語ってしまうから、トロワに『誰かが触れた身体』だと思われるのだろうか。
そう思うと、また、抱き合えることがうれしくて、そして不安で、涙が零れた。
トロワは何を思い、どんな気持ちでカトルを見ていたのだろう。表情を見ても彼の心の内は、カトルにはわからない。
ただ、願う。
(深く君を感じる僕を、どうか嫌わないで。軽蔑しないでください)
カトルは祈るような想いでいた。
初めて肌を重ねた後は、ただぼんやりとした不安を抱きもしたが、今のカトルのそれは、具体的なものだった。
抱き心地や身体の相性でトロワに飽きられる心配なんて、あの時はしなかった。
眼を閉じていつトロワにカトルが身体を寄せたのは、これが最後だと告げられたときのためだった。今のうちにたくさん触れておこうと思ったからだ。
「カトル」
優しい声で呼ばれ、シーツで半分顔を隠しているカトルは、まだ、潤んでいる瞳をして、たどたどしい話し方をする。
「……トロワ、がっかりした? ……いやに、なっちゃったかな……」
「どうした?」
カトルは黙ったまま答えようとしない。
「カトル」
トロワが重ねて話を促すが、カトルは頑固な貝のように口を開こうとしなかった。
「俺から、同じような問い掛けをされたら、お前はどうするんだ?」
怒っているわけではなさそうだが、「怒るぞ」と、トロワの口調は言っている。
「遊びで抱いたと言えば、お前はそれを信じるのか?」
「…………」
口を利かないカトルにトロワの手が伸びて、固く結ばれている唇の形を指先が優しくなぞる。カトルの唇が唐突な行為に緩んだ。
それを見越したように、やんわりと、トロワはその唇を奪う。重ねられる唇の感触は羽根のように柔らかい。トロワの舌先が柔らかな唇を割った。
濡れたものがカトルの口腔を探る。トロワに口内を乱されて、喉の奥で甘く喘ぎを漏らした。
長い接吻けの後、突然の始まりとは違い、ゆっくりと惜しむように離れたトロワの唇は、こんなことを言った。
「だから、それは俺の弱点だろ。……降参する」
涙を零さないように口をへの字に結んで、じっとトロワを見つめていたカトルを前に、彼は平伏したのだ。彼は言う“それ”とは、涙を堪えるカトルの姿。接吻けはトロワの『参った』宣言だということ。
「俺のカトルに対する執着くらい、疾うの昔に露顕済みだろ。どうして、こんな愚にもつかない発言で心細い顔をするんだ」
トロワからすれば、ほんの少しだけカトルを苛めてやろうと思っただけの言葉だった。責めているような言葉を口にしながらも、トロワの口調は優しいものだ。恋人に向ける甘い囁きと言えばしっくりとくる。
先刻までのトロワからは消えていたものだったから、カトルがはっとするのも無理はない。
「トロワ、君、もしかして……記憶が」
頬をトロワの両手が包み込む。軽く音を立て、イエスの意味のキス。
「カトルはいつでも、俺の全てを満たしてくれている。愚問はなしにしてくれ。――――迷惑をかけたな」
次にしっとりと唇を重ねる。
トロワは労わるようにカトルの髪を撫でた。
確かにカトルは困っていたが、それで減少する愛情など微塵もないと伝えたかった。
カトルはトロワに力一杯抱きついた。
我慢していた想いと、溜め込んでいた力を、誰憚ることなく総動員しての抱擁だった。
「僕は、ずっと君のこと、大好きだったんだからね」
今更だけど、と照れ笑いを浮かべるが、その顔も幸せそうな表情に彩られている。
トロワからのお詫びの意思表示を一頻り受けた後、カトルは自分と恋人同士だと気が付いた理由を尋ねた。
「聞いてもいい。どうして僕とのことがわかったの。やっぱり、僕がただの友達じゃなかったって言ったから?」
「いや、それは違うな。お前のことだ、そんな表現でも仲良しの上に“大”が付くだけの、親友という可能性もあるだろ。初めはそちらを想像した。都合よくストレートに考えるのはカトルに合わせて避けたんだ」
どちらに問題があるのか考え、カトルは茫然とした。
「それじゃあ、どうして……」
「残り香がした」
赤面しながら首を捻るカトルに、トロワは穏やかな瞳をしている。
「俺のベッドなのに、カトルの匂いがしたから、まさかと思っていた」
トロワの言葉にすぐに、カトルはごろんと半転して、鼻をベッドに押し付けて匂いを確かめている。
「本人にはわからないんじゃないのか」
そんなカトルの後頭部をトロワは愛しそうに撫でながら話を続ける。
「確信を持ったのはいつだかわかるか?」
「準備室での行動は、確信を持っていたからだっていうのは、わかるんだけど……」
「買い被っているが、希望を持っていただけのことかもしれないぞ。言い換えれば、大勝負や賭けとも言うな」
「ひゃっ!」
うつ伏せになっていたカトルの背筋を悪戯したものがある。犯人は捜すまでもなく、ふてぶてしい態度で自首している。
逮捕されても、警視総監さえ、たぶらかしてしまいそうな男は言う。
「ただ、矢張り触れ方からして、いつもと違ったろうな。だからカトルは不安になったのか」
「べ、別にそんな、ことは……」
「的を得ない愛撫では不満だったんじゃないのか」
「そういうことを言うと怒るって態度を、トロワだってとったくせに!」
無表情でも、トロワが内心で笑っていることがわかる。カトルが感じていたことを一番知っているのは、抱いていたトロワのはずだ。
探るような愛撫は、じれったかった。それはもどかしく、焦らされていたようなもので、カトルは相当乱れてしまったと思う。なによりそういう触れ方というのも、
「新鮮だった。……これって、本心だよ」
紅潮した顔は“証人”だ。
ついでにこのまま、記憶を失っていたとき、トロワはカトルのことをどう思っていたのか、聞いてみたい気がする。セーラー服姿での潜入に対して、本当はどう思っていたんかも、やっぱり聞いてみたい。その他にもいろいろと……。トロワは答えてくれるだろうか。
それにしてもどうしてトロワは記憶をなくし、そうしてまた、目覚めたときに記憶を取り戻していたのだろう。一番の謎はそこなのだが、トロワはカトルの知らない理由を知っているのだろうか。知らないとすれば、推理して無理にでも結論を出さなくては気持ちが悪い。
残りの休日に、謎解きというプログラムが組み込まれた。
それから、あともう一つ、予定を決めた。
トロワとカトルは室内用のプラネタリウムを、アンティークショップで探すことにした。
この日の夕方、二人が大きな荷物を持って――カトルに至っては意気揚々という様子で、帰りつくと、荷物が届いた。
中に収められていたものは、あの学園でカトルが着用していた制服一式だった。
カトルは、貰ったところで……と、クローゼットの中に仲間入りさせることのできない服に、頭を悩ませることになった。
さて、どうしたものか。
まずは、トロワに相談してみるとしよう。
■FIN■
初出 2001年10月7日に
少々の加筆訂正をしました。