摩訶不思議なひつじワールドへようこそv
~Happy Sheep~
HI・TSU・ZI~前編~
年齢はまだ十代と言っても、今の世では働いて自らの生計を立てている者も、決して珍しくはない。デュオもそんな五万といる人間の中の一人だった。
少し前まではジャンク屋という仕事を持っていた。それは表向きの稼業であって、裏では運び屋と云う輪を掛けて如何わしい商売で身を立てていたのだ。
それはそれで自分の気ままな性に合っていたのだが、縁あって身元のはっきりとした組織と関わるようになってしまった。
経緯はさておき……。
地球圏統一国家・秘密情報部。
秘密……と付く辺りが結局はなんとも怪しいのだが、今はそこの諜報員として忙しい毎日を送っていた。
しかし、今回はそんなデュオの素晴らしい活躍ぶりがメインではなく、あくまでプライベートな方面の話である。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
最近のデュオは随分と付き合いが悪くなったと専らの評判だった。
今までは率先して遊びまわっていた男が、めっきり乗ってこなくなったのだから、単純な憶測を生むのは無理もない。何かと言えば、
「彼女でも出来たのかよ」
「紹介くらいしろよ」
と、ニタニタ笑った悪友達にデュオはせっつかれていた。
そんな声を受け流しながら否定はしない。その時の満更でもないデュオの笑みが、核心をついているに違いないと、冷やかした者達の目には映った。
くるくると動く猫のような瞳や、デュオの口調には愛嬌がある。長く伸ばした髪の毛を後で一本に纏めた三つ編みは、元気よく動く尻尾のような印象だった。
明るくて楽しくて、そうかと思えば、対峙した者を竦み上がらせるような怖さを身に纏い、毒のあるところを見せ付ける。
相反した二つの性質は彼の中で融和して、人を引き付ける要素になっていた。
相当のハンサムなのだが、愛嬌が邪魔をして普段は三枚目。しかし、そこも彼の魅力をアップさせるのに一役かっているのだから、計算づくでそうだったら反則だが。デュオはかなりのクレバーだ。尋ねてもおどけて本当のことは言わないで煙に巻くだろう。
一部では不服の声もあるようなのだが、自他共にモテると言い切っているデュオの相手となると、同性でも普通以上に興味をそそられるのか、近頃は日増しに追及が執拗になってきていた。
マイホームパパの素質があったとは……と、終には噂されていると知っていたが、仕事を片付けると、本当にさっさと取る物もとりあえず飛ぶように帰宅してしまっている自分の姿を思うと、あながち間違いではないと、デュオはそんな皮肉を含んだ言葉にも苦笑していた。
「お前等、ちょっとしつこ過ぎるんじゃねぇのか? 紹介するような奴なんかいないって。オレは今、他のことで忙しくってそれどころじゃねーの!」
「女が出来たんじゃなかったのかよ?」
「はぁ? 違う違う。いっそのことそっちのほうが手間要らずだっただろうけど……別口で〈超〉が付くようなカワイコちゃんを手に入れちまったんでね」
「なんだよ、それ?」
「んん? ……秘密」
ニヤリと相好を崩しクルリと踵を返した。デュオはヒラヒラと後ろに手を振りながら、一方的に不毛な会話を打ち切ったのだった。
独り暮らしの男が自宅に帰り着いた時に、軽快な調子で呼び鈴を四度鳴らした。
続いて再度の怪しい行動。派手な物音をわざと立て、勢い良くドアを開いて、不審な動作の止めととばかり、デュオは仁王立ちするとガバッと両手を広げ入り口に立ちふさがり、満面の笑顔を作ったのだ。
……が、何も起こらない。
間があいて。
デュオはその数秒後、首を大きく傾げた。
「ありゃ? ……トテトテトテって、いつものお出迎えは?」
頭を掻きつつデュオが広くはない部屋へと入ると、ソファーに白くもふもふとした毛玉が鎮座していた。
微かにその塊が上下に動いている。
「ただいま、カトル。あんま寝てばっかいんなよ」
破顔したデュオが話し掛けた毛玉がむくむくと動いた。
良く見るとそれは毛玉ではなく、丸くなって眠っているモノだった。
すやすやという呼吸に合わせ、風に揺れるたんぽぽの綿毛のように、ふわふわと動いていたのだ。
デュオの声でのそのそと動きだしたのは、ちょこんとした申し訳程度のしっぽ。ぴょこんと顔を出しているのは、二つのオウム貝……ではなくて、螺旋状に曲がったナニかだった。
鈍い動きで〈カトル〉が角度を変えると、それは頭の両サイドに一つずつ付いていて、ツノのつもりなのだと知れた。
しかし、それが硬い骨の延長線上にある物の質感をしていないと見ているだけでもわかる。軟骨さえあるはずもなく、ぷにゅぷにゅと柔らか。
とろんとした瞳のまま、カトルは腕で顔をくいくい擦り、ついでにツノの辺りもカシカシ掻いた。
うにうにうに。
持ち主のぽわーっとしたキャラクターには、枕代わりのクッションや、転んだ時の衝撃を和らげるスポンジだといったほうが、よっぽどお似合いだろう。もしかすると、本当にそういった役目もあるのかもしれない。
時間が経過する中でパチリと開いてきた大きな眼。溺れそうなほど広い面積を占める碧の瞳。それがゆらゆらと潤みを帯びているのは、眠っていたからだろう。
髪の色は光の粒子を留めたように、ふわりと光るプラチナゴールド。小さな顔に、まだ、ふくりとした丸みのある頬は柔らかそうな白餡の苺大福みたいに、裡からピンクを透かして、食べて欲しげな美味しそうな彩をしていた。
デュオが〈超〉を付けたお気に入りのモノとは、間違いなくコレのことだった。
羽根は見えないが天使が居たらこんなだと、デュオはいつも思う。
出逢うまで、それを語るものを嘲笑していたはずの存在を、カトルはデュオに素直に連想させたのだった。
カトルを見るデュオの瞳は、蕩けそうに甘い。
人形のように綺麗に整い、儚ささえ漂わせるカトルの風貌は、ガラス棚にでも飾ってしまいたくなる。
しかし、そんなことはしてはいられないだろう。
何故ならば滲み出す愛くるしさは生半可なものではなく、抱き締めて撫でまわしたくなる、ぬいぐるみレベルだからだ。小脇に抱えて連れ歩きたくなる感覚のほうが勝ってしまう。
寝ぼけまなこでよたよたと起き上がったカトルに、手を差し伸べてしまっているデュオの行動も誰も笑えないだろう。今、ここに居たら、きっと誰しも同じ事をしてしまうだろうから。
「……おかえりなさい。……眠っていましたか?」
「力いっぱい寝てただろぉ?」
「……力は抜いていたつもりでしたけど……」
ほげーとした会話を交わす。カトルは万事この調子だ。
浮世離れしているというか、自称が妙なのだからしかたがない。
自称とは……。
「オレ、飯にするけど、カトルも付き合ってくれるよな」
「はい! よろこんで。僕もなにかしたいです!」
「それはダメッ! カトルは危ないから大人しくしてな」
「僕だって少しはお役に立てます!」
「カトル、あのなぁ、そういう事は、その、もほもほした指先で、テーブルに置いたコインを掴めるようになったら聞いてやるから……」
カトルの装いはとても個性的で一般的とは言えない。どう見ても着ぐるみとしか見えない物を着ているのだ。
出ているところと言えば、首から上の顔くらい。身体はと云うと、ころころとした着ぐるみ(本人曰くウール100%)の中だった。
一応は洋服でつなぎだともいえないこともないのかもしれないが、生地にボリュームがありすぎる。それに、指先まで完全防備になっているのだから、やはりこれではつなぎとは言えないか……。
物を掴むこと自体が難儀なのだ。
ツノを模した物と、そのふかふかボディーから考えると、この扮装は動物をモチーフにしていると推察できるであろう。
……それもそのはず。カトルの自称は《ひつじ》であった。
羊牧場で育てられている、あの羊ではない。使命を持った特別な《ひつじ》なのだ。
――眠れぬ者に安眠を
それは救世主のように現れてカウントを始める。慢性的な不眠に悩まされていた者でさえ、その声を聞くと暗示にかかったように安らかな眠りに落ちたという。
眠りを切望する者がカウントする時に、決まって何故か引っ張り出される羊は、人の太古からの記憶に残る《ひつじ》が関係しているのだろう。
カトルはその道のスペシャリストと呼ばれる《ひつじ》の末裔だったのだ。
見かけは『カワイコちゃんの〈羊のコスプレ〉着ぐるみバージョン』になってしまっているが……。これもカトルに言わせると、制服も兼ねた由緒正しい正装(冬服)なのだという。デュオがヨダレを滴らせて、まだ見もせぬ夏服を楽しみにしているのは(デザインがデュオ好みに最強だからであるのは)云うまでもない。
テーブルの前にカトルを座らせてデュオはデニム地のズボンの尻ポケットを探ると、コインを一枚取り出し、目の前にカチリと音を立てて置いた。
一瞬カトルが眉を寄せて、難題を突きつけられたような顔をした。
その顔を見てデュオは、口の片端だけを上げて笑みをつくる。
チラッ。
ほっぺのピンクは色を濃くし。
カトルの視線がデュオを盗み見て。
デュオは吹き出しそうになるのを我慢した。
「……特訓します」
かくしてカトルはテーブルの上で奮闘を始めたのだった。
「手しか使っちゃダメだからなぁ」
真面目に取り組む姿があまりに微笑ましくて。笑ったデュオはカトルの柔らかな髪をくしゅくしゅと掻き回すように撫でてから、キッチンへと入った。
二日前に大量に作りすぎたカレーに火を通した。
余らせていたカレー粉を足すと、色褪せたようになっていた匂いが香しさを取り戻し、デュオの健康な食欲を刺激した。
カレーを皿によそうと、スプーンをそこに突っ込む。冷蔵庫からよく冷えたミネラルウォーターを取り出し、デュオはカトルの居るテーブルへとその二つを置く。続いて棚からグラスとマグカップを一つずつ取って、少ない食器類とは対照的に、異常に大量に並んでいる天然水のペットボトルを一本選んだ。
さすがに連続して白米だったために少々飽きを感じてしまっていたから、最後に帰りに買ってきたパンを、簡単なディナーの脇に添えた。
デュオはカトルと同じようにソファーをさけて、直接カーペットに腰を下ろした。
「タイムオーバー」
「ああ……」
落胆した声をカトルは上げた。
デュオが食事の用意に取り掛かっている間、脇目も振らずにカトルは単純作業に没頭していたのだ。
基本的に根気がよくて、飽きるということがないらしい。ひつじの性質だろうか。
くちゃくちゃにされた髪もそのままだ。今のカトルからすれば、髪の毛がどちらを向いていようが、どうでもいいのだろう。
スーっとデュオがテーブルの隅にコインを寄せるのを、名残惜しそうな瞳でカトルは見つめていた。
「カートルぅ」
デュオに呼ばれて視線を上げた。カトルが鼻をひくひくとさせた。
「良い香りですね」
「こういう匂い好き?」
「はい。……なんとなくですけど」
「そっか。……でも、これはマズイよなぁ」
弱ったようにデュオは零しながら、カトルの目の前にマグカップだけを置く。
カトルがマグカップを使っているのには訳がある。取ってがないグラスなどでは手が滑ってしまって上手く持てないからだ。
人肌に温めるようにデュオは手のひらでペットボトルを弄ぶと、キャップを開けてカップの半分程度までトプトプと注ぎ淹れた。
「こんなもんだよな」
「ありがとうございます」
にっこりと微笑む。カトルのカップを支える危なっかしい手つきを見ながら、デュオはぼんやりと言った。
「カトルもなにか食えるといいんだけどなぁ」
「ごめんなさい」
「いや、そういうつもりじゃないって。そんな顔すんなよ。誤解させてごめんなぁ。腹でも壊すと大変だろ。……オレはさぁ、カトルの顔を見ながら飯が食えるだけで十分に幸せなんだから」
「……デュオ……」
カトルにはお腹が減るという感覚がない。眠りが肉体を作るあらゆる栄養素に化けるから食べ物を必要としないのだ。
水を飲んだりするのは気分の問題だった。無くても本当はいいのだが、あるとなんとなく良い。そういう感覚でカトルは水を体内にチビチビと入れていた。
気休めであっても、好きな人と同じような行為をしているというのがカトルには、なんとなく嬉しかった。
ちょっと、同じになったような。その人に少し近づけたようなそんな気分。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
カトルがデュオの家に現れたのは、まだ寒さも厳しい時期だった。ベッドに潜り込むとカトルがそこに居たのだ。
家宅侵入。というよりも、何者なのかということのほうが気になった。
そこだけ違う空気が取り巻いているような。瞳を閉じていても綺麗だとわかる。異彩を放つ程の清らかさをカトルは持っていた。
長い睫毛に肌理細かなミルク色の肌をした、滅茶苦茶可愛い顔をした子が、非常識な格好で人のベッドで眠っているのだ。
「な、なんだァーーーーッ!?」
「ふゃぁーッ!!」
デュオのけたたましい叫び声に、びっくりとした様子でカトルが跳ね起きると、零れそうに大きな瞳を見開いて、両手で胸を押さえブルブルと怯えた仕種で震え出した。
後でわかったことなのだが、カトルは大きな音が、とても怖くて苦手なのだった。
大声に驚いて竦み上がった小さな小さな心臓は、上手くポンプの機能もはたせなくて。不規則に心音を連打させた。
知らない大きな人が、眉を吊り上げているのを見たカトルの驚きは、並大抵なものではなかった。
何も事情を知らない人間が居合わせたなら、デュオがこの子の寝込みを襲ったとしか見えないリアクションだ。これではどちらが被害者か判らない。
普段なら容赦なく相手を責め立てるだろうが、カトルの風体を見てしまったデュオはそんな気になれなかった。泣き出したりはしないか、跳ね上がった心臓が痛むのではないかと、そんな事ばかりが気になってしまって、
「悪かった、大声出して。ほら、怖くないから。……そうそう、なにも怖いことなんてしないから。……力抜いて」
ただ、優しく声を掛けた。
「…………ぅぐ」
「大丈夫。オレは悪い奴じゃないって。……なっ? ……ほら、怯えないで、こっちおいで。……駄目かぁ? だったら、そのままでいいから……緊張しないでくれよ。別に取って食おうって気はないんだからさぁ」
デュオが意識的に出す柔らかく優しい声色に、カトルが握り締めている手の力を、ゆるゆると抜いていくのが、はっきりとわかった。
にっこりと笑う。こういうときにデュオの笑みは人を和ませる威力が抜群にある。この場合も効果覿面だった。
「ぃやーっ、知らない子が寝てたもんだからさー、オレもびっくりしちまって。別に怒ってた訳じゃないんだぜ。ほんとほんと、ぜんぜん、まったく、怒ってないって! ……ああ~、もしかして、疑ってるだろ? そんな眼しないでくれよ。あんま、ゆらゆらさせてたら、顔から落っこちまうぜぇ。……おっ! 笑った!」
「……あ、あの、あなたは一体どなたですか?」
「ええっと、オレ?」
自分の家で家宅侵入者に、何て質問を浴びせかけられるのか。
不安に怯えた姿を見ていると、思い遣る気持ちばかりが先にたってしまって腹は立たないが、それでも驚きはする。
質問内容に引き攣ってしまったデュオの信条を察したのか、カトルは慌てて両手を振った。
「ぁ、ごめんなさいっ。僕が先に名乗ります。……僕はカトルといいます」
「カトル。カトルかぁ。可愛い名前だな」
たっぷりと主観にまみれた感想を述べる。暢気にそんなことをいっているような状況ではないはずなのだが。
「オレはデュオ」
「へぇ?」
「なに。なんだぁ?」
「……でゅ、お?」
一つ頷くデュオを見つめるカトルの頬が、見る見る紅潮した。
「……ぇぐ」
言葉を上手く出せずにカトルは唇を震わせている。見ているデュオまでつられて体が火照り出してしまう。
カトルは突き出すようにデュオにむかって両手を伸ばすと、堰を切ったように上ずった声を出した。
「僕は、僕はデュオと。僕はデュオと、眠ろうと……思って。あなたのところに来ましたぁーっ!」
「でええぇーーーーッ!?」
幻聴まがいのオイシすぎる内容にデュオは大音響を発してしまい、“抱っこして”とばかりに腕を突き出していたカトルは、ビックと跳ねて、
「――――――――ッ!!」
声にならない叫びを、もう一度上げてしまったのだった。
これが二人のなんとも衝撃的な出逢いだった。
以来カトルは彼に愛されて、ベッドの主として居座ることを許された。
もっともベッドばかりではなく、ソファーなどでも、所構わず寝こけてしまっていたが……。
〔It continues.〕
本日はここまでです。
一体なにが書きたいんだコイツとお思いでしょうが;;
この小説は1999年5月5日に発行した[Happy Sheep]という本からのものです。
加筆訂正しています。
1月24日なので載せました。
これからも苦情がない限り載せていきたいと思っております。(クレームきても載せそうだけど。。)
ご意見ご感想など、お聞かせくださいませですvv
ブログでの初小説はどのカトル受にしようかと考えていたのですが、うまい具合に24日になってくれましたv
デュオさん、いい仕事するねvv
続きは追って更新するつもりです。
怒られる件数がすごかったらびびってやめますがねい!(笑;;)
まず、はじめの一歩を踏み出せたお礼を、相方にvv
大好きだよvv
それから、これを読んでくださったかたがたにv
ありがとうございますv
カトルが主食のかたと出会えますようにvv
おやすみなさいませ。ひつじっこ。
眠くてなにを書いてるのか、わかんないです。
カトルとねたい、むゆきでしたぁvv