~Happy Sheep~
デュオがシャワールームから出てくると、カトルは寝室に移動していた。
ベッドの掛け布の上でごろごろしながら、寝る気満々でデュオを待っていたのだ。
待っているといっても、半分は眠りもってだったが……。
ちなみにデュオはカトルが来てから、シーツをマメに換えるようになったし、たまーにだが、マットレスをお天道様に晒すようにもなった。随分な進歩だといえる。
ガチャッというドアを開ける音に、カトルはそちらに顔を向けた。
寝室に入ってきたデュオに微笑みかける姿は“はやく、一緒に寝ましょうよー”と、無言で誘っているようにしか見えない。絡みつくように、甘えた視線に引きずり込まれそうになる。
飛んでいって、そこに潜り込みたい衝動を抑えるのは相当な根性を要する。
いろいろな内から迫り上がる要求を抑えつけたと思ったら、
「デュオ!」
むくっと起き上がったカトルが、デュオの枕をぽふぽふと叩きながら名前を呼んだ。
デュオを見つめて、うんうん、と頷いている。
言わんとしていることはわかるだろう、って意味だろうか。
これでは“ここに来てー、はやく来てぇ”と、ハートマークいっぱいで呼んでいるとしか思えないではないか。まあ、その通りなのだが……。
「なんだ、カトル、待っててくれたのか」
こくこくこく。三度、カトルは首を縦に振った。
なんだか、カトルの紅潮した顔が得意気な表情にも見えるから、背中がムズムズして撫で回したくなってしまう。堪え性選手権なんてものがあったとしたら、きっとこれは最終決定戦の種目だろう。
人の気も知らないで、というより、人の身体のことも知らないで、といったほうが当て嵌まるような気がした。
(ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメッ! ダメだったらダメッ!!)
ぶつぶつとデュオは口の中で何度も呪文のように唱え、気合を入れた。
ベッドの端によってきたカトルに近付き、嬉しそうに微笑んでいる顔を両手で包み込んで上向かせると、頬にひとつキス。深く綻びたカトルに、ニッコリとデュオは笑いかけて、ベッドにではなく隣にあるイスへと腰掛けた。
呪文の効力かどうかはわからないが、予定通りの行動に内心でホッと息を吐く。
目の前には薄い箱のようなパソコン。
「今日はまだ眠れないの。どーしても頭に叩き込まなきゃなんない資料があるから。これが終わったら寝るから。……遅くなるから、カトルはもう寝ろよ」
そう言ってコキコキ肩を鳴らすと、デュオはパソコンを操作し始めた。
暫くは“ありゃぁ?”っと首を傾げたまま、デュオを見つめていたカトルだったが、首が痛くなったのか、逆のほうに首を傾げなおした。
うつ伏せに肘を付いてカトルは、デュオをじーっと見つめている。時折、眼をグシグシ擦るのは眠いからだ。昼夜問わず、暇さえあれば寝たおしているくせに、カトルの睡眠欲には底がないし果てもない。寝ている合間に起きているくらいのものだろう。
「……でゅお」
「なんだー?」
「なにをしているんですか?」
「いや、だからぁ、説明しただろうがぁ。まあ、いいけど。……お仕事してるの!」
「終わらないんですか? もう、ずいぶん遅いのに……」
まだ、九時台である。
「当分、終わりそうにないんだよ。待ってなくていいから、先に寝てな」
「ダメですよ! 僕はデュオを眠らせてあげなくちゃいけないのに」
ぷぅーと膨れたカトルの可愛い頬を、つつきに行きたくなるが、デュオはぐっと我慢する。
代わりに長い脚で、ガタガタ貧乏ゆすりを始めてしまったあたり、デュオの辛さがうかがえる。
「カトルぅ、仕事なんだってば。とっとと終わらせるから」
「……はい。待っていていいですよね」
愛くるしい仕種で、カクンと首を傾げたからデュオは逆らえない。
「ぁ、ああ。そんかわりカトル、無理しないで眠くなったら……って、カトルは万年、なんだけど。とにかく、眠くなったら寝ろよ」
「……わかりました。デュオ、がんばってくださいね。一緒に眠りましょうね」
「了解ッ!」
デュオはおどけたようにして、パチンと片眼を瞑ると笑顔でウインク。
魅力的なウインクを競う大会があれば、デュオは間違いなく世界一になってしまうだろう。
カトルもそれをうけて、上機嫌に勢いよくブインッと縦に頷いた。
甘えたことを言われると、俄然ファイトが湧いてくる。カトルのほうを見ると、和んでしまうし、ついつい欲望に負けそうになる。だから、あえて、そちらは見ないようにとデュオは決めて作業を再開した。
カタカタカタ。
……ごそ……ごそ、コロリン、ころーん。
気になる。
自分の手許の音はいいが、ベッドから聞こえてくる音が異常に気になる。
振り向くと塩柱になった話があったよな……と、デュオは思わず今の自分と重ね合わせた。
なんてことはない、たんにカトルが布団の上でコロコロ転がっている音なのだが、断続的に続いているから、妙に気になるのだ。
止まると眠ってしまうから、動いているのかもしれない。
そんな気を引く挑発には耐えたが次が来た。
「でゅおー」
「んん?」
「まだですかぁ?」
「まだだよ」
ディスプレイに視線を向けたまま、デュオは答える。
「大変ですねぇ」
カトルは眠気で、たくさんの瞬きをしながら呟いた。
デュオの仕事のことか、今にも意識を失いそうな自分のことだったのか。
「んんーーっ」
カトルの欠伸が聞こえた。
そういう日常の仕種は頭に中に染み付いているから、見なくても可愛くって堪らない。額でキーボードを叩きそうになってしまう。
「くはぁ」
とか、カトルは短い間隔で欠伸を繰り返していた。
最近は日によって夜でも随分と暖かい。カトルは暑いのは平気だが、このコスチュームではさすがに少し逆上せてしまう。今日は少々蒸し暑いのだろうか。
カトルは襟ぐりの首元を引っ張って、中に風を送ろうと、じたばたしていた。
「デュオぉ、もう少しぃ?」
「もう、ちょっと、だな。ありゃ、ここ二回目じゃねーか……」
「あと……ちょっと……」
邪魔をしているという自覚は無いのだろう。カトルはデュオに、ちょろちょろと話しかけていた。
時間が経つうちに、おしゃべりをやめて、おとなしくなったと思ったら、物音と欠伸と鼻唄まで飛び出している。
少しして、くいくいっと、デュオの服の端をカトルが引いた。
「ねぇ、ねぇ、デュオ……」
すぐ近くでカトルの澄んだ声が聞こえたものだから、可愛さに勝てなくて、ついにデュオはそちらに眼を向けてしまった。
敗者、ここにあり! だ。
この人は可愛い声色にプラスして、舌足らずで話すという、反則としか言いようがないことを、無自覚でしているのだ。
いつに増しての舌足らずな甘え上手なカトルの声。本人は無意識なのだからしょうがない。……しょうがないが、性質は悪いかも。
そういう、声や仕種が相手にとってどんな心理を抱かせるのか、みっちりと教えてやりたくなる。みんながみんな、デュオのように涙を誘う理性との葛藤を演じるわけではなく、容易に欲望に流される奴もたくさんいるのだから。
へへっとカトルが笑っているのは、今かららなにかをお願いしようと思っている証拠だ。少し言い辛そうな態度は、はにかんでいるようで、とんでもなく可愛い。ドキドキというより、ムワムワとなにか甘酸っぱい感覚が胸に広がるから、デュオはそれを追い払うのに苦労した。
「……カトルぅ」
項垂れそうになるデュオに、カトルは天使のような笑顔を浮かべ、
「デュオ、あのですね」
それだけ言って、ころんとベッドにうつ伏せた。
背中を向けて顔だけをデュオのほうに捩じると、項にかかる髪をさらりと撫でて、背中にあるファスナーの首許をちょいちょいと指差しながら、
「下ろしてください」
と、お願いしてきたのだ。
白磁器のように滑らかな肌を飾るプラチナの髪の色彩に、浮いた頚骨の作る影でさえ、デュオは鼻血が出そうにイイと思う。いつもハイネックだから普段ではお目にかかれない代物なのだ。
このまま、ジジジーッと、このファスナーを開いていくと……。
(今日のカトルはどうかしてるゼッ!)
と、誘われているのかという勘違い炸裂でデュオは思う。だが、どうかしてるのはお前だろう! というツッコミが四方から飛んできそうだ。
こうなれば、もう、仕事そっちのけで……となったデュオだったが、以前カトルには妙なことはしないと、ある奴の前で誓ったことを、律儀に思い出してしまった。
……デュオは眼をきつく瞑り涙を堪えて、ファスナーの開く音だけを聞いていた。
そもそも《ひつじ》とは、子供を相手にするものだ。夜遊び中心の生活を送っていたデュオとは違い、夜になれば当然のように眠たくなるようにカトルの身体には染み付いているのだ。カトルのほうがデュオより眠ってしまうのがはやいのは、しかたがないことだと言える。
そう考えると、寝かしつけるという本来の役には立っていないかもしれないが、デュオは規格対象外の自分のところに転がり込んできたカトルに、確かに癒されていた。
別に楽しいでもなく虚しさを紛らわせるためだけに、遊び呆けていた時間を、今はベッドの中でカトルの寝顔を見ながら、心身ともにリラックスさせている。たまに、やわらかなほっぺをつついたりして。ちょっかいをかけすぎて、寝ぼけたカトルに、
「……んん」
なんて、押しのけられたりしながら、過去にはなかった精神的にもあたたかだと思える人の体温を感じている。
ポッカリと開いていた穴が、ピッタリはまるなにかでふさがれたように、カトルといると胸の中に優しく穏やかな感情がいつも溢れてくる。
漏れだす隙間もないから、慈しむように昇華して、胸にやわらかに降り積もっていた。
自分さえも気づかずにいた、荒れ果てた赤茶けた大地が。なにも育み抱くことのない、渇きひび割れた地表のようになっていて心さえ……。カトルと出逢い、はっきりと奇跡を芽吹かせた。
込み上げる喜びは涙にも似て、躰を静かに熱く湿らせる。
好きだと求めて、優しい感情に乗せて呟けば、いじらしく返してくる声がこれほど愛しいとは。
自らの振るえ、高鳴る心音で、デュオはそれを知った。
狡猾に闇の世界で生きてきた。自分の本来の姿はそれしかないと思っていたデュオだったが、カトルとならば、人に眼を剥かれるような清く正しい生活も悪くないと思えた。
ひつじ一匹数えられなくても、規則正しいカトルの寝息は、可愛い声で数を数えるのと、同じような効果を与えてくれるとデュオは思う。
心地好くて、寄せては返す穏やかな波の音のように、ゆっくりと、ゆっくりと、ゆるやかに眠りへと誘ってくれるから。
寝転んでいると、カトルはくぅくぅ眠ってしまうから、途中からは座ってデュオを待っていた。
何度も、前へ後へ横へと、ペシャッと、崩れてしまっていたが。デュオの、
「終了――ッ!」
と言う、機嫌の良い声に、カトルは、
「……おつかれ、さま、でし、た……」
そう、ちゃ―んと、声を出せた。
デュオはベッドに腰掛けると、かろうじて起きていたカトルを、メッ! と、叱るように、クイッ唇の片端を上げてみせた。
「寝ててよかったのに」
「だって……」
ぐっと歪んだ寂しそうな顔に、
「ありがとな」
特上の笑顔で言った。
「デュオぉ……」
カトルの好きなデュオのカオ。
言葉は有耶無耶に消えて、カトルは天使みたいな笑顔を浮かべた。
あとはもう、半分眼を瞑って両腕を差し出し、仕種でデュオを呼んだだけ。
ふらっと後ろに倒れたが、カトルを受け止めたのは、勿論、ベッドのマットではなく、優しく逞しいデュオの腕だった。
ふわりと身体を抱きとめられて、カトルはうっすらと穏やかな笑みを零し。
デュオの体温の心地好さに、カトルの意識は陥落した。
連続X日、カウントすることなく眠ってしまうという、ひつじにあるまじき記録をカトルはまた更新してしまったのだった。
■FIN■
はいです。
ひつじの1話目でしたv
これから、出逢い編へと続いていきますが、読みたいというおかたはいるのでしょうか;;
デモでも、拍手ありがとうございますv
とっても、うれしいですvv
でもってーー。
次の更新は4日だと思われていたかたがいらっしゃたかもですねい。
今日は2月2日。
そうです、でおでおの日。
ダブルディオさんの日ってことで、24小説をUPしなくては、デュオさんに申し訳ないということです。
これでいーだろ、でゅおにーさんやぁ!
打っていて2月2日だって気が付いて、急遽、今日にしたってのは、ひみつですぜい。。
碧ちゃんとの合同誌「BLIND」で、碧ちゃんに描いてもらった、え/ろ漫画のもとが、こやつらです。えへv
軍曹ってなんぞやねんッ!とお思いの方は、え/ろ本をご覧くだされ。
そこにあるのが、軍曹ワールドですたい。
でも、軍曹の真骨頂が出ている、「TE・GO・ME」は、デュオさんに夢みがちなカタなど厳禁な危険書です;;
マジメなかたは、引きちぎって、壁に投げつけて、燃やしたくなるような、イカス本であります!敬礼ッ!!(誰に?。。)
なんかー。
絵をUPさせたいです。
しょうもない絵なのですが。
出来るのか、スーパーメカオンチむゆきよ。。
ひつじ本の1から、「ねるひつじ」を。
載せるほどのものかいなぁ…と、突っ込まれたら、返す言葉がありません;;
なんか、ほのぼのするといいなぁって思いまして。あえてこれをチョイスしてみました。
画像がなかったら「ああ。。」と、スーパーメカオンチを哀れんでください。
てことで、デュオさんばんざーいv
でおかと、ばんざーいvv
本当は力いっぱい暑苦しく、軍曹モードで、え/ろ話がしたいのであります。
自主規制中。。