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~来タレ我軍曹!×4受限定軍曹&4受大臣憩いの場★~    
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【コットンキャンディー】

デュオ×カトル


目指せ学園モノ!
学園モノといえば、マドンナの存在は外せませんが、
デュオのマドンナはカトルに決まっています。
二人が出会う、お話の序章のようなかんじですが、
短い中からデュオカトへのパッションを受け取ってくださいv

アニパロといえば、やっぱ、学園モノだよなぁv
というおかたは、「本文を読む」から、どうぞーv

<![CDATA[【コットンキャンディー】
           
                 デュオ×カトル




 日曜日の、まだお日様が頭の上に昇り切ってない時刻。軽快な足音に合わせて、背中で三つ編みが飛び跳ねる。見ている方まで元気になれそうな、人懐っこい笑顔を貼り付かせた少年が、坂道を駆け上がっていく。少年は坂を上り切った所で、横を通り過ぎようとした、ショートヘアーの女の子に呼び止められた。
「ちょっと、待ってよデュオ! 挨拶もなしーっ?」
 名前を呼ばれた少年は、その場で駆け足のまま、くりくりとした大きな眼を見開くようにしてそちらを見た。
「あっれー? 気付かなかった。ごめん。居たの?」
「もう! ニヤニヤしちゃって。居たのはないでしょぉ! 何かあったの?」
「それは、秘密っ!」
 にやっ、と笑った少年は「じゃあな」と手をひらひらとさせ、また駆け出した。
 今は少しでも早く騒がしい寮に戻って、自分のベッドに潜り込もうと思っていた。そして、つい先程、起こった事を、よく反芻しようと決めていた。記憶が薄れないうちに。忘れられない記憶を辿ろうと。


   ✲ ✲ ✲ 


 長い髪の毛をざっくりとした三つ編みにして一つに束ねた少年が、高い塀の下を覗き込むように、不自然なポーズで佇んでいた。頻りに首を捻りながら頭を掻くと、一度後ろを振り返った。
 単純で珍しい、男の子の三つ編みが目印になっている『お祭り男』ことデュオは、非常に厄介な状況に陥っていた。
 ジーンズのポケットに、そのまま入れていた小銭を、はずみで落としてしまい、何の因果かそのコインは、五センチ程度しか開いていない、塀の下へと転がっていってしまったのだ。その隙間へと手を伸ばす為に、デュオはこのような体勢で四苦八苦していた。
 それがいくら小さなお金であっても、そのまま立ち去るなんて事は、デュオの性格上とんでもない事だった。

 手探りで地面を撫でていると、何かが手に当たり、デュオは反射的にそれをむんずと掴んだ。
「ッ? うわっ! へぇぇーーっ?」
 突然の感触に塀の向こう側からも、驚く声が聞こえてきた。あたふたとしている相手の姿が想像できるだけに、デュオは大いに動揺した。恐らく握ってしまったのは、たまたまそこに居た無関係な人間の足首。言い訳しにくい状況にデュオは「どうするんだよ、オイ!」と自分に突っ込みをいれる。
「あ! 悪ィ、悪ィ……ああー、あの、その……」
 デュオは急いで手を引っ込め、塀越しの見えない相手に向かい言葉を探す。一方的に自分の責任である為、余計にバツが悪いデュオは、冷や汗が出そうなほどの焦りを感じていた。
 その時、逆に言葉を詰まらせながら、
「……あの、どうかされましたか?」
 上手く言葉を選べずにいたデュオに、労るような響きが降りてきた。
 少女というには凛々しく、少年というにはやわらかすぎる。呼吸を整えようとしている、中性的で優しげな甘い声色。
 その声にデュオは思わず目線を上げた。塀を隔てているため、見える筈もない相手の姿を探す。
 鼓動が少し速まる。
 デュオは息をついた。
「まだ、そちらにいらっしゃいますよね?」
 声の主は返事のないデュオに、不安を覚えた様子で尋ねてくる。慌てて事情を説明しようとしたデュオは、声の感じから自分と同じくらいの年齢か、それよりも下だと判断し、いつもの砕けた口調で返事をした。
「そっちの方にコインが転がっちまってさぁ。その辺の足元に落ちてないかなぁ?」
「コインですね。少し待っていて下さい」
 相手がコインを探してくれている事を物音が伝えてくる。長い足を曲げて座り込んだままのデュオが、塀の隙間を見つめていると、間もなくして、
「ありました! これですか?」
 すっと、そこからコインを乗せた掌が現れた。
 デュオは声の次に、伸ばされた手に驚いた。白くてやわらかそうな、小さく華奢な可愛い手。その色が見たことも無いような、桜色の溶けた綺麗な白だったから。

   それに触れては、いけないよ……。

 当然のように生まれた、手を近付ける事をためらう心は、もう一つの想いに押し込められた。
 デュオは惹かれるようにコインを受け取っていた。
 僅かに触れた指先。それが幻ではない、確かな存在だという事を証明している。微かな温もりに指先が痺れを覚える。初めての気持ちを誘発する。
 しかし、デュオの高鳴る胸の内も知らずに、伸ばされた時のような唐突さで、白い手は消えた。
「見つかって、良かったですね」
 その手の主は自分のことのように、心底、嬉しそうに声を弾ませている。
 コインが戻ってきた喜びより、手が去ってしまった落胆の方がデュオにとっては大きかった。
 それでも耳に届く声のトーンが、あまりに心地好くて。
「ああ、助かったよ。サンキュー」
 完全に速まってしまった動悸に息を飲み込みながら、明るく礼を述べた。
 立ち上がったデュオは妙な離れ難さから、次の言葉を選べずにいた。
 そんなデュオの心情を知ってか知らずか、笑いを含んだような声が、
「それでは……」
 と、別れを告げる。
「ちょっと待ってくれよ、すぐ、そっちに行くから!」
 去っていく気配に、慌ててデュオは声を掛けた。が、その声は焦りで掠れ相手に届くようなものではない。
 聴き惚れ、見惚れた。顔すら分からぬ相手に、デュオは二度も『惚れた』事になるのか。そんな相手と、このまま「はい、さようなら……」なんて、出来る筈がなかった。
 早まる気持ちからデュオは塀を乗り越えようかと、上のほうを仰ぎ見たが、足掛かりになるような物は何もない。仕方なく塀の外周を走り、向こう側へと急いだ。
 デュオは飛ぶ事さえ出来ない自分を、腹立たしく思った。


 デュオがそこに辿り着いた時には、すでに人影はなかった。
 額の汗を手の甲で拭いながら辺りを見渡したが、それらしい人物は見当たらない。羽根の一つも残っていないなんて。
「……行っちまったのか」
 デュオは大きく肩を落とした。
 空を仰ぎ眩しい太陽に眼を細める。握り締めていたままでいたコインを見つめ、空へと放り投げる。きらきらと落ちてくるコインを、右手の甲で受け止めた。
 パチンと音をさせて、叩くように左手で覆う。神妙な顔付きでそっと左手を開けると、一人で賭けをしながら手の甲に乗るコインを見る。デュオは目を丸くし満足したように笑顔を浮かべると、掌でコインを弄びながら、大またで歩き出した。
 漠然とした予感に、デュオの気持ちは上機嫌なものへと変わっていた。
(……これっきり、何て事はないよな……)


   ✲ ✲ ✲ 


 デュオの通う学園は、その敷地内に幾棟もの学園寮が造られていた。学園関係者曰く「遠距離通学は勤勉の敵」らしい。合わせて四棟の寮が学園にはあり、全寮制ということではなかったが、様々な理由からの入寮者数は少なくはなかった。
 建物は全て統一の、2DKの間取りの部屋が並んだ造りになっていたが、その一部屋への入寮者数がそれぞれ違っていた。「総ては、童話に倣え」が学園の創始者の口癖であったという事から、生徒達の間ではそれぞれの棟に、それに因んだ名前が付けられていた。
 一棟のみ東側に建てられた女子寮。通称『シンデレラキャッスル』と呼ばれる女の園は、防犯の理由から全て二人一部屋になっている。女子の場合、二人という人数から、それぞれ一部屋を一名ずつに割り当て、残るダイニングキッチンが共同のスペースとなる為、多少のプライバシーは守られていた。
 学園の南に位置する『アンデルセンタウン』こと第一男子寮は、上流階級の者が集まった一人部屋のみの特別寮となっており、中で生活する見習い紳士達のために、より住みやすい環境づくりが施されていた。ここの入寮者は2DKのスペースを、そのまま一人ずつに与えられているのだ。寮としては「やりすぎ」だといえる厚遇だろう。小さな地域の人口に匹敵するような学生数を誇るこの優秀と名高い学園は、少々風変わりなところがあるのだ。
 当然、そんな待遇のお暮らしを好む者にばかりに合わせた寮ばかりを用意しているわけではない。全室、四人一部屋で構成されている、第二男子寮『グリムタウン』、同じく第三男子寮『イソップタウン』がここでは「普通規格」と言われるものになる。男子の一般生徒の場合、この二つのどちらかの寮に入寮することになっおり、四名で2DKの空間に暮らすのであるが、一室を二人で使用するのではなかった。
 まずダイニングは、自由に使用可能な『フリールーム』だ。二室ある片方の部屋は『寝室』専用とされ、二段ベッドが壁の両側に備え付けられている。もう一部屋は『勉強部屋』と決められ、机が四台設置されていた。
 「学ぶ」部屋。「寝る」部屋。「食い、遊ぶ」部屋。
 生きていく上で大切な事柄を、それぞれ邪魔される事なく行えるように配慮して、その様に決められていたのだ。
 入寮希望者の振り分けの際に、特別意図してそうした訳ではなかったのだが、比較的、平穏な日常生活を送る第二寮と比べ、『イソップタウン』こと第三寮は癖のある人間が多く存在していた。
 初め、この様な通称が付くきっかけとなったのは、そこの住人を煙たがる一部の人間が「まるで動物小屋だ」と、評したことからであった。
 動物ばかりが登場する『イソップ童話』。そこに引っ掛けたものである。
 デュオはもちろん『イソップタウン』の中心人物だった。



 デュオは寮の部屋に戻ると、同居人との挨拶もそこそこ、寝室へと入った。二段ベッドの上段で、間近に天井を見つめながら寝転がる。頭の下で組んだ腕に当たった読み掛けの雑誌を、自分が横になっているそのベッドの下の段へと投げ込んだ。
 先程の『声』と『手』の主は、一体どのような人物であろうか。
 少年だろうか。少女だろうか。
 狐や狸の化身か。助けた鶴の恋女房か。
 掴んだ感触は素足ではなかった。
 それならば、ズボンを穿いた妖精。
 印象は極めて淡く、掴み所が無かった。
 ふわふわと甘やか。
 そう、それはまるで、綿菓子みたいに甘く頬が緩むような存在だった。
 寝返りを打つとベッドは、ギシギシと大きな音を立てる。そんな軋みを上げる耳障りな音も、今は気にならなかった。
「入るぞ」
 枕をガッチリと抱き締めたデュオが、忘れ難い印象に笑み崩れていると、鮮やかな黒髪をきっちりと一つに束ねた少年が、ノック代わりの挨拶と共に寝室へ入ってきた。
 同じ長髪を纏めるにしても、二人の少年の印象は正反対だ。
「こんな時間から、何をしている」
 髪と同じ黒い瞳を向けた少年の厳しい口調には、あきれが混じっていた。物言いだけではなくその視線も鋭く切れるようだ。
「こんな昼日中から、ごろごろしているなど、正しい人間のすることではないだろ」
「相変わらず固いよなぁ五飛。あんまり物事難しく考えてるとハゲちまうぞ」
「うるさいっ。余計なお世話だ。お前みたいに物事を簡単に考えすぎる奴には言われたくはない」
 五飛と呼ばれた少年は、デュオの言葉に腹を立てながらも、きっちり反応はしてくる。
「ひっでー。それじゃあ俺が、バカみたいじゃねえかよおっ」
「違うのか?」
「あのなー……。同じ学校に通ってる、大親友に言う言葉じゃねえだろうが。学力、一緒じゃねえか」
「世の中には信じられないような、間違いが起こることもあるものだな」
「どういう意味だよ。……何かもう、分かっちまったような気もするけど……」
「お前がここに合格できた事だ」
「失礼な奴だなー……」
 二人の不毛な会話は、延々と続いていく。
 同室にならなければ、気の合わない人間だと思い込んでいたかもしれないが、デュオは生真面目で融通の利かない五飛の事を気にいっていた。面白くないと思っていても、無視はせずに言葉を返す律儀さがデュオには好ましいのだ。口から生まれたと子供の頃から言われていたとおり、会話がないといられな人種だから、この遠慮の無い厳しい突っ込みさえ無視されることを思えば心地好い。
「くだらない事を言いに来たのではない」
 デュオのペースに巻き込まれて、本題を出せずにいた五飛が話題を切り替えた。
「なんだよ一体?」
「この部屋に入寮者が来るらしい」
「げっ! それはまずいわ」
 顔を歪めたデュオは、ベッドから飛び起きた。
 この部屋はもう一人のヒイロという、恐ろしく無愛想な少年と三人で使用している。最初はもう一方のベッドをヒイロが一人で下の部分だけを使用しており、そしてデュオが上段に居るこのベッドの下段を五飛が使っていた。しかし、とにかく寝相の悪いデュオは騒がしく、上から雪崩落ちてくる事さえあり、下で寝ていた五飛にとっては、迷惑以外の何者でもなかった。いくらかは辛抱していた五飛も限界に達し、大乱闘も度々演じられていたのだ。妥協策として五飛が上下段の交代を主張したのだが、何故かそこに居着いてしまったデュオは、首を縦には振らなかった。その為、ヒイロの使用している方のベッドの上段へと、五飛は移動することにしたのである。初めからベッド自体を移動しようと思わないところが、五飛もデュオとなに似たもの同士なのだろう。思い返せばなぜ、そのベッドに執着していたのか五飛にさえも実はわからないのだから。
 そんな形でなんとか折り合いをつけ、現在に至っていた訳だが、空きスペースとなっていた自分が居るベッドの下部を「勿体ない」という理由から、デュオはすっかり私物化していた。平たく言えば、物置状態にしているわけだ。
「えらく突然だなぁ。それって何時、来るんだ?」
「先程、荷物が届いた。ヒイロが今、受け取りに行っている」
「って、今日かよ! まずいなぁ。別の部屋にしてくれよ」
「他に受け入れるようなスペースはないそうだ」
「なんで、事前連絡がねーんだよ!」
「事前連絡が今というわけだ」
「なんだよそれ。それに、空きスペースならあるじゃねえか、隣に。何であいつだけ、四人部屋を一人で使ってんだよっ」
「さあな」
「さあなって五飛。トロワの野郎……」
 どういった要領でかは定かではないが、確かに隣人は四人部屋で一人住まいを送っている。
 どうもデュオとは馬の合わないトロワという男は、五飛やヒイロとは気が合うようで、理不尽な待遇も責められることはなかった。デュオ自身も不思議と深くは、突っ込み難い相手なのだ。
「ぐだぐだと言っていないで、さっさと片付けたらどうだ!」
 五飛に怒鳴られながらデュオが荷物を片しに取り掛かった頃、この部屋の入り口から段ボールが入ってきた。それはヒイロが大きな段ボールを、二段重ねにして運んできた所であった。
 フリールームのテーブルの近くにその荷物を置くと、眉間に皺を寄せた、何時に増しても不機嫌極まりない顔で、ヒイロはまた廊下へ出て行こうとしながら言う。
「残り四十四箱。その荷物に寮の玄関先が塞がれて迷惑している。持ち主本人は都合で、まだ到着していない。同室者によって至急、室内まで移動させるようにとの事だ。お前たちも、ぼーっとするな」
 告げられたデュオと五飛は、唖然とするしかなかった。



 学園の西側にある『イソップタウン』は、時期外れの入寮者を迎え入れようとしていた。
 バカ力では学園でも五本の指に入るであろうと噂される三人が、幾度かの往復を終え荷物を運び込んだ。
「何処の世界にこんな量の荷物を、送りつけてくる奴がいるんだよ。並の新婚カップル以上の荷物の量じゃねえかよ」
 真っ先にデュオが声を張り上げる。
「一々、わめくな」
「何だよヒイロ。お前、頭に来ないのか。まさか紅白のリボンを付けたトラックで、ドでかい大量の家具が届かなかっただけでも、有り難く思えってんじゃないだろうなぁっ?」
「文句があるなら、本人到着後、直接そいつに言え」
「その本人から三十分もすれば、こちらに到着すると連絡が入ったらしい」
 開け放ったままでいた扉に、何時の間にか長身の影が現れていた。声を出さなければ、その存在に気付かなかっただろう。
「……居たのかよ、トロワ。神出鬼没な奴だなあ」
「それまでは辛抱するんだな。苦情は本人に言え」
 デュオの驚きは無視して、トロワは涼しい顔で言葉を繋いだ。自然な動作で扉を閉め、会話の続きのようにそのまま他人の部屋に進入してくる。
「うるせぇ。言われなくてもそうするよ。こうなったら、一発くらい張り倒してやる!」
 不快な表情はしているものの、それを言葉にしない五飛。
 不機嫌そうだが、何を考えているのか分からないヒイロ。
 傍観者の位置で無表情が示す通り、無感情だろうトロワ。
 こんな人間に囲まれてデュオは、自分くらいはノーマルな感情表現をしようと躍起になっていた。


 デュオのほんの少し前までの、ご機嫌な気持ちも何処へやら、会話もないまま四人はフリールームのテーブルを囲んで座っている。不穏な空気の中で、原因の人間が到着するのを待つことになったのだ。自分たちの座っている場所以外の場所は、荷物に占領されていた。一つだけある二人掛けのソファに、何故か腰を下ろすトロワを横目で見ながら、益々デュオは不満気に頬を膨らませる。
(『絵』になってんじゃねえよ……)
 その言葉は飲み込んで、デュオは嫌味の一つでも言ってやろうと口を開いた。
「トロワ。大体、お前が何でここにいるんだよ。そっちは腐るほどスペースが余ってんだろ。そいじゃあ、荷物ごと、持ち主を引き取ってくれたらどうだ?」
 一瞬トロワの視線がデュオに向かい、微かに口唇が動きそうに見えたが、
「来たか」
 五飛の言葉に遮られてしまった。


 出会い頭に、一発お見舞いしかねない勢いで立ち上がったデュオの三つ編みを、ヒイロが引っ掴んだ。
 思いがけない衝撃にデュオは髪の毛どころか、首が引っこ抜けそうになる。
「ッ! てぇーなぁーッ! 人の大事な髪に何て事すんだよッ!」
 デュオにとっては首より、髪のほうが大切らしい。
「お前が行くと、ややこしくなる」
 ヒイロはデュオを一瞥すると、トロワに目配せをする。
「承知した」
 当然のようにトロワは立ち上がり、ヒイロと二人、部屋を後にした。
「まあ、ぶん殴るっつうのは、勢いで言っちまった事だけど、取り敢えず文句ぐらいは言ってやんないとな。そいつの為にもよくないよなぁ」
 口の片端だけを上げて言う、そんな不適なデュオらしい態度に五飛は、
「好きにすればいい」
 と、軽く笑ったように見えた。


 数人の足音が近付いてくる。目的地は恐らくこの部屋。待ち構えるデュオの気持ちとは、不釣り合いな程ゆっくりとした歩調。もう一度腰を下ろしていたデュオは、気合を入れて立ち上がった。まず始めに相手に抗議、ついでに説教してやろうと頭の中を整理する。
(反論でもしようものなら、すかさず鉄拳をお見舞いしてやる!)
 気合は十分だ。迎え撃つ準備は出来た。
 扉が開き室内にヒイロが入ってきた。その後ろから、きょろきょろと物珍しそうに、周りに視線を泳がせている少年が姿を現した。
 デュオと眼が合う。
 少年はお辞儀をして微笑んだ。
 スローモーションのように映る動作。これは単に少年の動きが鈍いだけではないはずだ。
 デュオは瞬きも忘れ、その姿を凝視していた。
 握っていた拳には違う汗が滲む。

 陽光に透ける白金の髪と、陶磁器のような純白の肌は何だろう。
 自分と同じくらい大きな眼。その瞳の中で碧い虹彩は自分以上に多くの面積を占めている。
 上品で小さな口元は、自分の物の半分サイズ。
 二つを重ね合わせれば、両側から自分の口唇がはみ出してしまう……かも。

 一気に動き出した思考に、内心でデュオはパニックを起こす。
 熱くなる心(なか)に、胸が疼く。
 過去に出逢えなかった初めての感触を、今日の午前中に経験してしまった。あんな事は初めてで、今までもなかったし、これからも、もう、起こるはずはないと思っていた。
 それ程の衝撃(インパクト)。
 お日様の下で、二度、感じた想い。
 驚いているのは他の誰でもない。直接その感情を受けた自分自身。だからこそ、偽りでも錯覚でもない事を知っている。
 それなのに、信じられない事だが、認めるしかなかった。
 相手は自分と同じ少年。
 分かっている。
(……理屈は抜きだ)
 ――――デュオは今日、三度目の恋をした。


「こいつらが、同室の者だ」
 珍しくヒイロが他人に話し掛けている。普段のデュオならすかさず、からかいにいく状況だが、今の彼はそれ所ではなかった。出鼻を挫かれ立ち尽くす。少年はヒイロに微笑んで頷くと、「失礼します」と律儀に挨拶をして、室内の二人に歩み寄ってきた。荷物に囲まれた、テーブルまでの一本道。
 後ろの方からヒイロが、デュオ達に少年を紹介する。
「こいつは、カトルだ」
 とは言っても名前だけ。簡潔な引き合わせだった。
「初めまして。今日からこちらで、お世話になることになりました。カトル・ラバーバ・ウィナーです。ふつつか者ですが、どうぞよろしくお願いします」
 カトルは嫁入りのような挨拶をして緊張の面持ちで深々と頭を下げた。
 聞き覚えのある声。デュオはまさかという思いから、唾を飲み込む。あの時の微かな体温が指先に甦る。
 カトルはにっこりと微笑んで、手を差し出した。
 そう、それは陽の光の中で見た。
 デュオの手は、その白い手を捕らえた。
(……っ、やっぱり、やわらけぇ……)
 声と同じやわらかさを持つ実体は、幻ではなく。
 消えることはなかった。

 ――そう、少年は、デュオの視界の中から、口に含んだ綿菓子のように、音もなく儚く消え去ることはなかった。

 自分の手を包み込むように握る、デュオの手をカトルは見つめた。
 痛くはないが、振りほどけないほど強く、抗えないほど優しく。
 こんな握手もあるのだろうか。
 カトルはもう一度きちんと名乗ろうかと考え、少し上向きにデュオの顔を覗き込んだ。
 デュオの目線を辿ると、二人の繋いだ手に行き着く。つられてカトルも惚けていると、のそっとした動作で、もう一方の手が伸びてきて、カトルの掌は本当にすっぽりと包み込まれてしまった。
 見えなくなった自分の手を探す。
 ……消えてしまった。感覚も曖昧になる。
 隠しているのは、カトルの白い手よりも大きくて、父上のゴツゴツとした手よりは、幾分小さな知らない手。初めてのあたたかな手。
 自分の手は、もう一度現れるのだろうか……。


 心音に振動が重なり、カトルは少しドキドキとした。少し震えていたのはデュオ。その振動が伝染する。
 カトルがつられたままぼんやりしていると、デュオの横にいた五飛が、間を持て余したように言った。
「……何時まで、そうしている気だ」
 何かと口数の多いデュオが黙っているという事実だけで、十分に不気味だった。喋るにしろ、動くにしろ、騒音を撒き散らしているのが常の男が固まっている。少し様子を窺っていた五飛は、一向に動く気配の感じられないデュオに訝しい顔をした。
 物事が進展しない状況に痺れを切らせ、五飛はデュオをカトルから引き剥がし、邪魔だとばかりに押し退けた。
「俺は五飛だ」
「カトルです。よろしくお願いします」
 自然な形で握手が為される。今しがた握手はしたものの、自己紹介さえまだ終えていない少年のことが気になるカトルは、
「あのう、そちらの方は?」
 実直そうな五飛に尋ねた。
「あれは、放っておけばいい」
 我に返ったデュオが、今度は五飛を押し退ける。
「ちょっと待てよ、五飛! 俺はデュオ。デュオ・マックスウェル。よろしくなカトル! 困った事があったら俺を呼びな! いつでも俺が力になってやるよ!」
(あなたに『言う』のではなく、あなたを『呼ぶ』のですね……)
 まるで昔に本で読んだヒーローみたいなことを自分に向けて言う少年に、カトルは素直に感動した。デュオが明るく楽しくて良い人な事が、滲み出ていたから。嬉しかった。
 カトルの正面に立ったデュオは、ニッと笑うと、片目を瞑ってウインクをした。その明るい笑顔に誘われるように、カトルはふんわり微笑んだ。

 朝の事を尋ねてみようかと、デュオが考えていると。
「何かそいつに言う事が、あったんじゃなかったのか」
 滅多に自分からデュオに話し掛ける事のないトロワが無表情に言った。
「…………」
「直接本人に言うんじゃなかったのか」
 言葉を失うデュオに、追い討ちを掛けるような難しい表情でヒイロが言う。
「こういう事は、はやいうちに、はっきりとしておいた方がいい」
 まずい突っ込みに、デュオが頬を引きつらせる。
 どう考えてもカトルが現れるまでに、デュオが言っていた事を二人は指していた。
 ヒイロとトロワ、こいつらは、親切で言ってくれているのだろうか。もしそうなら、余計なお世話だった。お節介というのもありそうも無いが、冗談を言うヤツラでもない。
 デュオが今更、文句のひとつも言えそうにない事は、一目瞭然であった。ましてや、ガツーンと一発、何て事は……。
「僕に言わなくちゃいけない事って、何でしょうか?」
 カトルはデュオに向かい、不思議そうに小首を傾げる。素直そうな大きな瞳にじっと見つめられたデュオは真っ赤な顔で苦笑を浮かべた。
 デュオはひとつ咳払いをして、真顔を作る。
 大きな瞳と愛嬌にあるキャラクターの為、ともすれば忘れられがちであったが、元々デュオは顔の造作の良い少年である。キリッと表情を引き締めれば、なかなかに男らしい。女生徒の間で抜群の人気を誇る彼は、こういう魅力を備えていた。
 楽しくって、優しくって、いつでも触れられて、そのくせ、誰のものにもならない。
 「おーっと、お嬢さん。俺に触れると火傷しちまうぜ」
 冗談めかした彼のそんな台詞は、真実を語っていた。最もデュオ本人は、大マジメで言った言葉だったのだが。こういうコトを真顔と本気で言うから、笑いを誘うのであるが、同性からも嫌われたりはしないのは彼の人徳だろう。

 火遊びを誘う眸。そんな眸でデュオはカトルを映し出す。
 その眸の奥にある焔が、優しい色で揺らめいている事がカトルには感じられていた。
 人を燃やし尽くす焔ではない。
 彼が持つ焔は、人を暖める為のもの。きっと、そう。
 そう、信じることが自然と出来た。

 もう一度、照れ隠しか、ニカッとした人懐っこい笑顔に表情を改めた、デュオの口から出てきた言葉は。
「荷物……何処に運ぼうか」
 抗議でも、説教でもなかった。
 息巻いていたデュオの口から出た言葉は、非常に友好的なものであった。掌を返すとは正にこういう事だ。
 何か言いたそうな人間たちの、釘のような視線に晒されながら、デュオは手近にあった段ボール箱をひょいと持ち上げる。そんなデュオの姿を横目で見ながら、五飛は怒るでもなく静かに事実を語る。
「早速で申し訳ないがカトル。お前の荷物の量は、この部屋には多すぎて迷惑している」
「ごめんなさい! 周りの者に、これぐらいは必要だと言われたものですから。直ぐに不必要な物は送り返します」
 カトルは驚いたように詫びると、デュオの持つ荷物を受け取ろうとした。そんなカトルのあたふたとした様子に、デュオはフォローを入れる。
「そんなに急がなくたって。大丈夫だってカトル。仏頂面で怖がらせちまってるだろうけど心配ないぜ。こういう五飛の奴は力仕事が趣味だし。そこのヒイロは荷物整理が得意なんだっ! 喜んで手伝ってくれるってよ。な、五飛、ヒイロ?」
 こいつは何を言い出すんだ、と言うような二人を無視して、デュオはついでとばかりに、この場にいる残る一人も巻き込みに掛かる。
「そうそう、それにそこに居るトロワは、部屋が広すぎて困るって悩んでるんだ。とりあえず、そこにでも荷物を運び込んでやれば、狭いとこ好きのトロワが泣いて喜ぶって。いやー、良かった。良かった」
 勝手なキャラクターを付けられた三人が、反論するより先に、カトルが希望に満ちたその言葉に飛び付いた。
「へぇっ? そうなんですかーっ! よかったぁ。初日から皆さんの気分を害してしまったのかと思って、どうしようかと思いました。皆さんが、いろいろ趣味をお持ちの方々で助かりました!」
 三人はほうっと胸を撫で下ろすカトルに、怒る気を殺がれてしまったようだ。
「そう言えば、荷物ごと持ち主も引き取れと、言っていた奴がいたような気がする。そうした方がいいのか」
 カトルの荷を解き始めたヒイロと五飛を尻目に、トロワはぼそりと呟いた。
「ト、トロワ……そりゃあ、きっとお前の……き、気のせいだって……」
 デュオはひとり、空々しい大笑いをした。


   ✲ ✲ ✲ 


 カトルの父は先代から受け継いだ、経済開発を中心とした事業に着手しており、各方面に大きな発言力を持った人物であった。裕福すぎる家柄も、心無い一部の人々の好機の眼を受ける対象になった。
 元来の性質の優しいカトルが、悪意に晒されることのないよう、心が傷つくことがないよう、カトルの父は世間との接触を極力避けさせようとしていた。その為に、父親はカトルを学校にも通わせず、代々家に仕えている信頼の置ける家庭教師を付けていたのだ。
 心から自分を愛してくれる家族や使用人に囲まれた生活に、カトルも不満があったのではない。只、自分自身の目でもっと周りを見てみたかった。カトルの周囲の人達のような優しい人や、出逢うべき人が、外の世界にもいるかもしれない。それならば自分は、その人を捜さねばならないと、カトルは自然に思うようになっていた。
 反対する父親を何とか説得し、学校に通うことを願い出て寮へ入る事を望んだカトル。
 年頃を考え、いつまでも籠の鳥にしていることも出来ないこともわかっていた為に父もカトルをこの学園に通わせることを了承したのだが、入寮にあたってはかなりの話し合いがなされた。
 ただ、特殊な寮があることが、カトルには幸いしたのだ。そう、アンデルセンタウンの存在であった。父親の意見で当然のことながら、家柄や単独部屋であることを考慮して、第一寮への入室手続きが行われていた。しかし、それにも拘わらずカトルは無断で、他人数部屋となっている、別の寮への入室希望へと切り替えてしまった。
 類のない程の良家の子息であるカトルからの珍しい申し出に、難色を示していた学園側も、本人の強い希望を認め、寸前のところで折れる形になったのだった。
 二棟ある男子生徒専用の複数入居とされている寮うちの、第二寮は生憎満室の状態であった為、カトルは第三寮への入寮が急遽決定したのであった。


   ✲ ✲ ✲ 


 当面の必要な物を探し出すのに時間が掛かり、残る段ボールを隣のトロワの部屋まで運び込む頃には、日が傾く時刻となっていた。
 カトルは自分の机だと言われた場所に教科書を終う。隣の机は見たことのない雑誌類や菓子箱が雑然と乗せられていて、どうやって書き物をするんだろうと、カトルは不思議に思った。
 その向こうにある窓には、真っ赤な空が広がっている。学園の西側に位置する寮は、室内に強い西日が入り込む。手を休めてカトルが窓の外を見つめていると、フリールームからやって来たデュオが、窓辺に掛かる厚めのカーテンをさっと引いた。きっちりと両側からカーテンを合わせると、デュオは振り返ってにっこりとカトルに向かって微笑んだ。
(不安はあるけど、きっと大丈夫。怖くない……)
 目の前に立つデュオを見ていると、カトルは漠然とそう思えた。
 優しいまなざしでデュオはカトルを見つめている。その温かさにカトルは心地好さを感じていた。
 早鳴る胸の鼓動は二人ともが感じている。だけど、運命が動き出す音は静かだ。それは夕陽が沈む黄昏の静けさ。
(僕は後悔はしません父上……)
「僕はあなたと、同じ部屋になれて本当に嬉しいです」
 デュオに向かいカトルは、正直な気持ちを口にした。言葉を聞いたデュオの頬が、赤く染まったように感じられたのは、洩れ入る夕日が彼を照らしているせいだろうか。
 口元を引き締めたデュオが、ジーンズのポケットからコインを一枚取り出し、少し照れくさそうに、そのコインをカトルの目の前に差し出した。
 それを目にしたカトルは……。


■FIN■

誌名「Good times Bad times」発行 1998年5月5日
に、加筆訂正しました。

 







ここまでのお付き合い、ありがとうございましたv
2月中に載せたほうがいいかなぁと思い、あわてて載せました。

ちょっと、カトルの出番すくなすぎるだろ!!というお怒りごもっともです;;
しかも、まさに「序章」というかんじでしかありませんねこれ。。
本当にこれからな24話ですよね。
周りに奇数組みが控えているので、簡単にはいかないかもしれませんが(笑)
応援してくれたとしても邪魔してるようになるだろうし、一筋縄ではいかないメンツなのでね。。

こんなお話ではありますが、デュオさんのときめきが伝っていればいいなぁと思います。
今後、カトルがドキドキを意識しだすと、かなりおもしろいでしょうねーvvいひひv

ささやかなお話ではありますが、拍手いただけると嬉しいですv

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たみらむゆき軍曹&碧軍曹
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非公開
職業:
カトル受専門の夢想家(野望)
趣味:
カトルいじり・カトル受妄想
自己紹介:
むゆきと碧
2人のカトル受限定軍曹が
同志を募って
集って憩ってしまう場を
つくろうと
もくろんだしだいであります。

小説や絵を
UPするのであります。
日記は書く気なし!
(そして、
まともなプロフィールを
語る気もなし。。笑)
軍曹はカトル・ダーリンズ
だいちゅきトークが
したいだけでありますから!

「我軍曹ッ!」
の名乗り随時募集中v
いつか、軍曹の集いを
したいものでありまっす★

しかして、
「なぜ軍曹?;」と、
大半の方に思われてるだろう。。

カトル受最前線で戦い続けるため
出世しすぎて
外野にはいかないからの
万年軍曹であります!

ちなみに最近急に
自分のことを、
「4受大臣」とも名乗るように。
「4受大臣補佐官」など(笑)
こ、これは進化なのか!?(笑)

我が魂、
カトル受とともにあり★(ビシッ!)
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