【TAIL ~しっぽ~
】 ☆ ☆ ☆
防犯ブザーのおまじない(?)をかけられた、カトルのしっぽはとても小さくて、ともすれば着ぐるみのような、むふむふしたコスチュームに埋まってしまっている。
しっぽがあるのかさえ、デュオも気にしていなかったくらいに目立たないソレ。
ウサギ、リス、ネズミ、ライオン、などなど――間違っていても結構――その動物の尻尾を想像してみよう。それなりに名前からイメージするものがあるはずだ。
だいたい羊と関わらずに普通に生活していて、「羊の尻尾の形は?」と、改めて問われ、こうであるとキッパリと言い切れるだろうか。
主張の激しい尻尾をしていないと思うのは、それというのも、羊が身近な存在ではないという理由がまずは一番だろが、羊の尻尾が格別特徴的な形をしていないからという理由も否定できない。
デュオも特別に羊を観察した経験もなく、印象的な羊との接点があったわけでもなく、形状を鮮明に記憶する必然性もなかったために、カトルにしっぽに気づいたときは、
「羊って……尻尾があったんだな」
と、頭を使わずに言ってしまった。
直ぐに我にかえって、自分の言葉を打ち消したが、正面からカトルを見据えると、真剣な目でカトルに問いかけていた。
「で、それって、羊とおんなじ形?」
カトルの答弁は端的だ。
「同種のお友だちはいないので、ぼくにはよくわかりません」
デュオの指す《羊》と、カトルの考えている《ひつじ》とは違うものなのだが。ずれたまんまでも会話は進むものである。
「ぼくのしっぽっておかしいですか?」
不思議なものを見たデュオの表情に、カトルが不安を覚えたのだろう。思わず隠すようにそこに手をやる。
身を引くカトルが可愛くて、デュオは思わずまじまじと見た。
あえて言うなら、そっちのほうがよっぽどおかしいと思えるものに視線が止まる。
一瞬、なんだかわからない、ムニムニのクッションみたいなツノは、色はまったく似ていないが、巻きすぎたクロワッサンかチョココロネみたい。
ツノというのは大切なもので、お仕事をしていい一人前のひつじの証明――オトナの証――みたいなものだが、そんな変なものに見えてくるのは、それを頭にくっつけているカトルが悪い。本当はちゃんとツノに見えるのに……のん気なカトルを見ている、弊害による誤作動。
近頃のデュオなんてツノが頭飾りを通り越し、髪飾りのように見えてきた。たまにカトルが寝ぼけて、ぐりぐりツノの付け根を掻いているのを見ると、ああ、ツノなんだなぁ……と、しみじみ思い出すのである。
カトルは非難される者を後ろにかくまうように、きっとデュオを見る。
庇う相手は本人のしっぽ。「いじめてはいけません」そう主張する強い瞳が瞬いた。
視覚的には風呂敷マントのへなちょこさだが、気位だけは正義の味方のようだった。
(そのポーズは可愛いぞ、おい~)
カトルの質問とは関係のないことに気を奪われていたデュオは、無言の問いに押し潰されたカトルの表情が、ふにぃっと歪むのを見て、慌てて「おかしくないっ!」を連呼した。
ひつじと暮らしたい輩は大らかでなくてはならない。いちいち細かなことで怒りを覚えていてはダメ。デュオの手本にニマニマ顔で頭を掻いていればよし。
ベッドメイキングと証し、ベッドに乗り上げデュオの枕をパンパンパフパフ叩き回していたカトルのおしりの上に、忙しなく振られているしっぽを認め、デュオは只でさえ大きな目を丸くしてしまったのだ。
「ホコリがたつだろっ!」なんて言わない。デュオも面倒になってきているのか、こだわらないのか。言うほど清潔にしているわけではない負い目があるのか。気が逸れているだけなのか……。
どうして今まで気づかなかったのかと、不思議に思うほど、一度目につくとそれの可愛いことといったらなかった。
「うっわぁ~~~……」
複雑な心理でもって、だらしなく歪む口許を手で覆ったデュオが声を漏らす。
その間も、しっぽは楽しげに。カトルはお節介を焼いていた。
就寝前の語らいは「しっぽ」の話一色になった。
本来はひつじのしっぽは地に付く長さになるのだが、邪魔だし、地に擦れたそこは病気を連れてくるから、習慣として幼いうちに切ってしまう。痛みは……あったのかもしれないが、カトル本人が覚えていないので、なかったのと同じ。
切ったということを差し引いても、カトルのしっぽはやっぱり短い。それというのも、切り仕損じたからだ。
動かしても「長いと、ぶいーーんと振るのがやっと」だろうと、ひつじをよく知るトレーズは言っていたそうな。トレーズが「ぶいーん」と言うわけがない。なにぶん、カトルがデュオに教えてあげたこと。
「今の状態は気に入っています。重いと、きっと、くたびれてしまうから。デュオのしっぽもたくさんは動かないですね」
デュオの三つ編みは確かに尻尾みたいだが。
「神経通ってねぇからなぁ……って! そもそもこんなところから生えてる尻尾はねぇだろ!」
デュオは想像した。もしもカトルがしっぽを切っていなかったら……。
似ているシルエットを探せば怪獣?
ずるずるとしっぽを引きずり歩く姿。カトルの振り向き様に、なぎ倒される自分がデュオの頭の中をよぎった。
「しっぽは見えなくできるんです」
いよいよメルヘンな話題だ。デュオはもう、抗うことは放棄している。常識でも非常識でも、もう、なんでもOK、どんとこいだ。
「ぼくにはできませんけど。……よく、わからないから」
「なにが?」
「消し方です。――たとえば、デュオは腕を動かすときにどうやって動かしますか?」
「どおって?」
「無意識というのでしょうか。ツノもそうなんですけど、しっぽとかを見えなくするというのも、こういう感じなんですって。目を閉じたりするのと同じくらい、なんでもないことなのだそうです」
「どうりで……」
デュオが見たヒイロはヤギだというが、まるでなにも付いていなかった。カトルのような丸見えのしっぽもツノもなかったのだ。
ヤギのツノは真っ直ぐだとデュオは聞いていたから、カトルの話と符合しなくて腑に落ちなかったが、これで納得だ。
しかし、ツノのあるバージョンはさぞ迫力があったことだろう。
「でさぁ、見えなくするってことは、なくなってるわけ? それとも見えないだけであるまんま? こう、触るとしっぽがあったりするのか?」
「わかりません。どうなんでしょう」
「見えないときに触ったことないのかカトル?」
「ありません。考えたこともなかったです」
「へぇ~」
「だって、そんな用事はなかったですから。偶然にあたる場所でもないですし。普通に一緒にいても、お互いに、おしりを触ったりはしませんよね。……? ……しないでしょ?」
しっぽの位置は尻の上。確かにヤギの尻を撫でに行くカトルの姿はおかしい。
「ヤギのケツなんて想像したくもねぇぜ、まったく……」
デュオは心底嫌そうに舌を出す。
ヤギのしっぽがどんなものかは、興味がないので考えないデュオである。
だけど見えないときに、そこに「ある」のか「ない」のか。そっちは気になる。
それはやはり、デュオとしてはカトルで調べられれば幸せだ。謎が解ける上に気持ちイイという一石二鳥の効果あり。
「カトル、頑張って消せるようになるといいな。そんときゃオレが確認したやるよ!」
表面的には物凄く良いお兄さんだ。「絶対にレギュラーとれよ。お前なら出来るさっ!」そんな台詞だって今の爽やかな表情のデュオには当て嵌まってしまう。純粋な好意と情熱に溢れていることだけは確かなので仕方ない。
しっぽの所在を確認するという名目の、邪まな希望にデュオは胸を膨らませる。
カトルがしっぽを消せる日が本当に来るのだろうか。
現在のところデュオの願いが叶う日が来る可能性は、限りなく零――
【LAUNDRY ~せんたく~
】 ☆ ☆ ☆
のんびりしているがチャレンジャーな一面も見せるカトルは、ポジティブなところがある。
好奇心旺盛。“やりたがり”というほうがしっくりくる。今もデュオが運んできた洗濯物に目をつけた。
背筋を伸ばした姿は、モグラ叩きのモグラみたいだ。
「デュオ、これは、ぼくがたたんでもいいですか?」
口をきゅっと結んでカトルが様子を窺っている。
確認のためカトルがデュオにじとりと目配せをした。
可愛さにものをいわせた懇願を前に、当然デュオの応えは決まっている。
「ああ、構わないけど。……カトル、その手で上手くできるのか?」
「できます! とても、キレイに」
「へェー、やったことあるのか」
「はい。試みました。すでに実践済みです」
手袋みたいなカトルの手だ。たたんだものは奇麗でも、たたむ姿は華麗とはいかないだろうとデュオは思う。それでも、できるというだけで驚きだ。
「あの、デュオにはなにか流儀はありますか?」
「リュウギー?」
「はい。コレはこういうカタチ! とか。こうたたむのダーッ! とか。決まりです。デュオにはありませんか?」
「いや、オレゃあ、別に。流儀も奥儀も秘儀もねーけど。なんならそのまま放り込んでくれててもいいくらいだぜ。誰かに言われたことでもあんのか、もしかして」
「ぇえ~……」
「それにしても、いちいち細かい奴だなぁ」
カトルが口を挟む間もなく、またデュオはしゃべり始める。
「神経質なのかそいつ。カトルにそんなことさせといて、文句を言おうっていうのがそもそも問題なんだよ。オレの経験からいうと、そういう奴は洗濯物のことより、自分の頭が禿げ上がる心配してたほうがいいタイプだなぁ。すでに薄いだろ、ソイツ?」
やっかみ半分のデュオの軽口。軽すぎるのが幸いしてカトルに毒気は伝わらない。
「デュオは早口ですねぇ」
感心しきりの小春日和の笑顔をしている。
「まぁ、たたんでありゃーいいから、気にしなさんな。適当に好きなようにやってくれればいいよ」
デュオは話しながらカトルの頭をぽんぽんと撫でた。
洗濯物の山の一番上に乗っかっていたTシャツをカトルは取ると、テーブルに広げ丁寧に皺をのばす。手袋による熱意溢れる手アイロン。
「こう……」
「そうそう、カトルの遣りやすい方法でいいから」
「はいっ」
デュオのGOサインにカトルは気合十分だ。意気揚々とは今のカトルのことをいう。
シャワーを終え、デュオは着ているシャツが濡れるのもお構いなしで、濡れた髪を垂らしたままだ。デュオは髪の毛の量が多いからなおのこと、水気を含んだ長い髪は本当に重い。少しでも首のためを思うなら、はやく乾かすに限るのだが、まだ大まかにしか乾いていない。
洗濯物がなければ、髪を拭かせろとカトルに強要されていただろう。イヤとは言わないが、すでにおかしなことになった前例があるので、出来ることならカトルには……というのがデュオの本音。だから、デュオはカトルの意識が他に向いてくれてホッとしている。
自分の髪を拭きながら、デュオがじっとみていると。
カトルは何か確かめるように、広げては「シャツ」だ、「ズボン」だと言って、まじまじ見ている。
どうしてカトルは逐一点呼するのか。洗濯物の何が気になるのだろう。
カトルのペースは尊重するつもりでいるデュオは放ったらかしにしていた。
「みじかな、はきものです」
モモヒキみたいな言われよう。
(そんなもん持ってたかぁ?)
デュオは思わず考える。凝視したものが下穿きじゃなくて安心した。
「これは、よく見ます」
「あぁ、そのTシャツ普段よく着てるだろ」
乾かすことに飽きたのか、早くもデュオは髪を一つに縛りながらカトルに応える。
「これは?」
「カトルはオレがこれ着てるところ見たこといないだろ」
「ありません」
「制服のインナー。コレ着てお仕事してんの」
「へぇ~」
なにか凄いモノを見る瞳だ。
「がんばっている服ですね」
「……ま、そうだな」
じゃあ、部屋着はだれている服なのだろうか?
デュオは折り紙を折る子供の手元を見ている気分。
「くつした」
靴下だって、容赦なく点呼する。
「それは、あんま見なくていいって! ぱぱっと片して。はい、はい、そうそう」
さすがのデュオも気恥ずかしくなる。
「あ、コレはデュオのぉー……」
「パンツはいいっいいっ!」
カトルが広げようとした布をデュオはひったくった。
「ああ……ひどいデュオ」
「ひどくないだろぉ」
「急に取り上げるなんて、あんまりです」
「こんなもん穴があくほど見ようとするカトルのほうが、あんまりだろ。下着はいいから。……あっ、ちょっと待った! 靴下もいいって!! 見ない見ない。もう見なくていいからカトルぅ。お前こんなもん面白いか~?」
「色がガラガラしています」
カトルからするとデュオの下着はカラフルで面白い。ケバケバと言われるとなんとなくショックだが、色がガラガラって言葉も変だ。
にっこりと微笑むカトルに悪意がないのは明らかだが、自分の好きなカワイイ子に下着をまじまじと見られるのはデュオといえども平気ではない。
他の衣類と分け隔てしないのはカトルらしいが、丁寧にパンパン叩いて皺を伸ばし形を整えられてしまっては、
「勘弁してくれぇ……」
だ。
どうしてデュオが嫌がるのかわからない様子なので。
「カトル、あのなぁ。……あー、説明してもわかんないかもしんねーけど。駄目なものはダメなんだよ。なにがダメかって聞かれるとオレだって上手く言えないんだけど、人間には一応の羞恥心っていう厄介なものがあってさー。まぁ、手っ取り早くわかってもらうとすると……カトル、下着脱げ!」
「はい~?」
カトルは手にしていたカットソーを、思わず斜めに引っ張った。外では着れない服の出来上がり。
「出せ!」
「な、なにをですかァ?」
「下着だっていってるだろ。とどのつまりが、パンツだよ!」
「こ、ここでですか?」
「ほらっ!」
「いや、それは……」
「はやく」
「ムリです」
「どうして?」
「……理由ですかァー?」
押されるカトルの両手の間で、かのカットソーは揉みくちゃだ。
「人のもんを散々見といて、そりゃーねぇだろ。そういうのを不公平っていうんだ知ってるか? 人間なにごとも平等じゃないと駄目だよなぁ。カトルもそう思うだろ? そう思うって顔してる。だったら、自分も出すってのが筋だろ。違うか?」
「……ちが、うぅうぅ……。ち、ち、がい、ませんかぁ?」
ああア~~。デュオの言葉が理解できない。カトルは大混乱で暴走寸前。
デュオが腰を浮かせ、カトルは無意識のファイティングポーズ。
ソファーで背中がつっかえる中、とった姿勢で、カトルは「たたかう」ときには、手よりも足を使うと、意外な事実を発見した。
ツノはどうした。やっぱりコレはただの枕の代用品?
どっちにしたってクッション程度の硬度でもって、しこたま攻撃されたって痛くも痒くもありゃしない。スポンジで殴られ重症を負った奴の話なんて、聞いたことがないデュオは当然のごとく強気のまんま。
強く目を閉じていたカトルには見えなかったが、デュオは力一杯、性質の悪い笑みを湛えている。嬉々として悪戯をするタイプ。そういうところもデュオにかかればマイナスの要因にはならない。まったく得な性分だ。
膝で一歩進み出た、デュオの立てた床のすれる音にカトルは身を縮こませた。
「ヒィギーッ!!」
「……と。ほら、不思議と下着ってのは恥ずかしいもんなんだって。カトルもよーくわかっただろ」
喉の奥でくっくっくと笑うデュオが恐る恐る顔を上げたカトルのおでこを人差し指でつっついた。
カトルのお腹の上に乗った、しわしわでのびのびの布切れを摘まみ上げる。
「こりゃ、また……」
よく伸びたものだ。
問題放棄とばかり、向こうにあるソファーの背もたれにデュオがカットソーだったものをペッと投げるのを見ながらカトルは異議を申し立てる。
「デュオの言うのは、途中からなにか違ってはいませんか?」
デュオは自覚ありの痛いところを突っつかれ、明らかに誤魔化す意思で束ねた髪を摘まみあげると、猫の手みたいにカトルに向けて、おいでおいでと手招いた。
「ほら、カトル、い~い感じに乾いてきた」
「あっ! それはとても好きです!」
髪を伸ばしている理由に、「カトルが喜ぶんだよ」なんて言葉を、書き加えても構わないだろうか。
「そうそう。カトルの好きな、生乾きだ。どーだ!」
(同じナマでも。オレはカトルの生○○を拝みてぇぜ)
と、思いながらニコニコ笑っているデュオの術中にはまって、カトルは髪を触りに寄ってくる。すべてはデュオの思うツボ。
はぐらかすのも、ご機嫌をとるのも、こんな手近なものでいいなんて。なんてカトルはお手軽なんだろう。
カトルを捕獲したいなら、カゴとヒモと棒切れの陳腐な罠で十分だ。おつりがくるほど掛かりそう。
そんなことを考えているデュオと、
「とても触り心地がよくて、気持ちがいいので好きです……」
と、ほこほこ、幸せ顔のカトル。
隣で山と化したままの衣類は、このまま忘れさらえるのか。本来の目的はどこへやら、大脱線はもう少し続きそう……。
【NOISE ~騒音~
】 ☆ ☆ ☆
ドアを開けると同時にものすごい大音響が響きデュオの耳を塞いだ。
「なんだーーーーッ!?」
眉をしかめたデュオの叫びをかき消して、音は鳴り響いている。
『ここで塩コショウ少々』
「カトルーッ、カトルーッ! 何やってんだー!?」
両手で耳を覆い、リビングへ。
ますます音は大きくなる。
テレビからの声で、リビングは家具が振動するような状態だった。
これで外に漏れていないなんて、大した防音壁だ。
『こちらに味がついてございますから』
画面は料理番組か。
特にカトルはニュース番組が駄目だ。
デュオの家のテレビにモニターの大きさは、画面いっぱいに人の顔が映し出されてときに、調度、生身の人間と同じくらいになる。それがカトルに不安感を抱かせるのだ。
はっきりと言えば、テレビというものが気味が悪くてしかたない。そんなカトルがデュオのいないときに一人でテレビなど観るはずなんて。それ以前にスイッチの入れ方なんて教えていない。
「カトルー、いるんだろーっ?」
デュオは声を張り上げるが、一般のご家庭では真似できない火力でもって熱せられたフライパンが、油をはねさせているその音に負けた。
ジュージュー野菜を炒める音が鼓膜をさすなんて。
『強火で一気に火を通していきます』
「っうるせぇーよッ、アアーーもうーー! リモコンはどこだよっ!」
怒鳴りながら見当たらないリモコンを探し、足元へ目を向けると、テーブルの下でクッションを被ってブルブルしているカトルがいた。
「な、何やってんだーっ?」
下ろした足を再び上げて、飛び退さったデュオのポーズは、情熱的な指揮者のように、彼の真意を正確に――かなり意表をつかれたと――伝えている。
『全体に味がなじむように』
「あああぁぁぁーーっ! うるッせーーッ!!」
あまりにやかましくて、デュオは出来ることなら近づきたくなかったが、意を決して舌打ちすると、さっさとテレビ本体にある主電源に張り手を入れた。
プシューーンッ……。
そんな音を立てて、呆気なく沈静化した。
外部からのショックによる突発的な驚きは、限り無く怒りに近い感情を呼ぶ。だからだろうデュオは、ついでとばかり、怒りに任せコンセントも手荒に引っこ抜いた。
無意識で竦めていた肩も軽くなる。空気が軽くなったように感じ、関係の有無はわからないが、音は空気の振動によって伝わっているんだと、一人納得をしたデュオだった。
「ふぅ~~……」
思わず大きく息をつく。
しかし、問題はきっとこれからだ。家で起こる厄介ごとの渦中にいつもいる人が、ビクビクしたままではないか。
「カトル」
名残で気持ちが悪い耳をこすりながら、デュオはカトルに呼びかけた。
しかしカトルは震えたまま、そこから動こうとしない。デュオの声も聞こえているのか。
「カトル。どうした?」
もご、もごもご。
くぐもったカトルの声。クッションで自分の頭を押し潰したまましゃべった声なんて聞き取れやしない。
「カトル、聞こえるか? 耳は大丈夫かぁ?」
いつからあんな状態にあったのかはわからないが、デュオが帰宅するよりも前からなのは明白。
クッションがぶれるが、カトルの頷きによるものか、単に震えているためか、判別に苦しむ。
なんて、見るに忍びないんだろう。
「カトル、どうした? 出てこいよ」
デュオは自分もテーブルの下に潜り込み、クッションの端をめくり上げると、小さな声でそう言った。もちろん、殊更やさしくだ。
「…………音が……鳴って、います」
震えているのが声からもわかる。出てこないのではなく、カトルは動けなくなっていたのだ。
料理番組でこの反応。不幸中の幸いは、大歓声などが上がる番組じゃなかったこと。……それと、いかがわしい映像じゃなくて、本当によかった。
「もうテレビは消したよ。わかるだろ? 静かなもんだ。……カトルを怖がらせるものなんてもうなにもないから。オレが元から引っこ抜いてやった。もう、なんにもできやしねぇ単なる箱だ。だから、安心して。……さぁ、カトル、出ておいで」
「…………」
緊張を解こうとしないカトルにデュオは弱った。
テーブルの下に手を突っ込んで引きずり出してもいいのだが、タコ壺の中に張りついているタコを引っぺがすようなところを想像するだけで、カトルが可哀想になる。
じゃあ、こうするか。
「よっと」
デュオはテーブルを持ち上げ、ソファーの向こうに片してしまった。テーブルを乱暴に下ろさないのは、敏感になっているに違いないカトルに配慮してのこと。
跡地に残るのは。毛玉の塊みたいなカトルだ。
うずくまっている、丸くなった背中というのはどうしてこんなに……。
「カ~トル」
さっきと同じようにデュオも床に伏せると、カトルの被っているクッションをチョイチョイと引く。
カトルって体がやわらかなんだなぁ。というのが、小さくなっているカトルを見ての感想。
「ほら、そんな体勢じゃ息だって苦しいだろ……」
握っていた手の力が微かに緩んだのを見て、デュオはクッションを取り払った。
「じゃあカトル、そろそろ息継ぎしようぜ」
体は浮かせて体重は乗せないように気遣いながら、デュオは伸し掛かるようにカトルに近づいた。腕を掴むと、そのままカトルを仰向かせる。
鈍く。ごろーん、だ。
「ぁぅう……」
ひっくり返ったカトルは、びっくりした顔のまま大きく呼吸をする。見開かれた瞳は水を湛え、深い碧の虹彩自体が、ゆらゆらと揺れているようだった。
「……デュぅ、オぉ……」
氾濫寸前の水面は、カトルのまつ毛を濡らしていて、とても綺麗で。
カトルの見ているものは、鮮明な画像になっていない、もやもやの中にいるデュオの滲んだ輪郭だが。じっと見つめられデュオの胸がさざ波を立てぬわけがない。
怖かったから瞳を潤ませているのだとわかっていても、可愛いと思う気持ちは止めようがなくて。
「苦しかったろ?」
「……急に、チカッて……」
「よしよし、もう、大丈夫だ」
怯えているのなら、抱いてやるのが一番だ。
あとは優しく髪を撫でてやること。
囁くこと。
「勝手についたんだな?」
人の言葉をいうのは感性に頼る部分が大きく、大方はニュアンス勝負で会話が成立している。採点のしようがない点でいえばカトルもかなりのものだが、カトルの言葉の意味をきっちり理解しての、デュオの質問だ。
「急にです。突然、動きました。……それで、大きな、音を、出すんです」
うんうんと頷きながらも、デュオは姿勢を改め、カトルごと起き上がる。
カトル相手には好々爺のようにしているデュオであるが、半ベソのカトルを組み敷いているのは良くない。めっきり我慢が板についたといっても、せめて座って話さねば身がもたない。若者の衝動を侮っては怖いことになる。
テレビを観たときに怯えたカトルが、自分からスイッチを入れるわけがないのだ。リモコンが見当たらないところで、デュオには真相が見えてきた。
どうせ雑誌かなにかの下敷きになっていたリモコンを、カトルが知らずに踏んだか当たったかして(また、間の悪いことに隙間があったのか)スイッチがはいってしまい、あまつさえボリュームが全開まで上がってしまったのだろう。
一生めぐってくるはずもなかった好機だったか。最大の音量を出し、テレビとしては、
『オレはココまでやれるんだ』
てな気分だろうか。
(……お陰で、オレのカワイ子ちゃんは震えてるじゃねェか……)
カトルの気持ちを考えて、背を向けさせているから、当然デュオの正面には沈黙しているテレビがある。
(布でもかけないとまずいかなぁ……)
おとなしくなった箱に報復するほど、好戦的ではないのは幸いか。カトルはそちらを見ようともしない。
いつもそうだが、泣いちゃいないが、カトルの中ではびっくりが続いている。
「……ふぉっ」
や、
「ぐぉっ……」
時折、肩を竦めて、しゃっくりするみたいにカトルが妙な声を出す。
「デュオ……」
小さな声で呼ばれれば、デュオは柄にもなくドキドキとする。
「カトル」
デュオはしっとりとした肌を直に感じたくて、頬擦りをした。
細い金糸を唇ではむはむと噛む。柔らかくて気持ちがいい。
「……ぃよっ」
と、カトルを抱えなおすと、デュオはカトルの小さな背中を宥めてなだめて。後頭部を撫でながら、指と指は、髪の柔らかさを楽しんでいる。
「カトル……カトル?」
まるで無反応。静かになったと思ったら、カトルはあっという間に眠っていた。
「ありゃ……」
膝にかかるカトルの重さは苦ではないが、今の姿勢のままでいたら、足が痺れない確証はない。じつは既にヤバイ気配が漂っている。
「……起きないでくれよぉ」
長期戦の覚悟を決めて。押し殺した声でデュオは言いながら、ずりずりとカトルごと移動して、ソファーに凭れかかった。
それで一体デュオは、なにから考え、始めるべきだろう?
行方不明のリモコンは?
カトルにとっては暴力的な箱の処置は?
どこから手をつかたものか。
ずるる……。
とりあえず今は、ずれたカトルの体を抱き直すことが先決だ。
収まりのいい体勢を模索しながら、ぐにゃぐにゃになったお人形さんを抱くデュオの問題は山積みのまま。
「……イイ匂いだ……」
心地良さそうにデュオは大欠伸をした。
【MESSAGE ~伝言~
】 ☆ ☆ ☆
今までこんなことを考えたことはなかったが、カトルが来てから困ったのは、緊急な事態が発生したときには帰宅ができないこと。
大方は眠りながらにしろ、気持ちの中ではデュオの帰宅を楽しみにしているカトルに、連絡をする方法は?
自宅のパソコンにメールを送るのもいいが、あのひつじっ子にキーなんて操作できるのか。ってことでこの案はあっさり却下。……となるところだが、世の中、まさかってこともあったりする。
思わぬ才能が隠されているかもしれない。一応は訊いてみるべきかと、奥の机のパソコンをリビングのテーブルまで運んできた。
ソファーに凭れフローリングにぺたりと座っているカトルに声をかけながら、デュオは自分も同じように床に腰を下ろす。足を伸ばして座るカトルの横で、デュオは胡床をかくように長い足を持て余していた。
「カトル。コレ使えるか?」
「…………」
ちょいちょい、と薄い箱を指さしたデュオを見るカトルは、無意味にニコニコしてはいるが首を傾げている。
「コレがなにかはわかってる?」
「はい。デュオがお仕事をするものです」
こういうときのカトルは決まってカワイイ顔をしている。お利口さんび顔。デュオはカトルの真っ白なこの雰囲気が大好きだ。
「そうそう! よくわかってるじゃないか。微妙に違うかもしんないけど。まぁ、間違っちゃいないよな。よしよし……で、まず、開けるだろ」
テーブルに噛り付いてカトルはデュオの触る薄い箱をじっと見ている。
こんなカワイイ生徒になら、
(オレゃ、何だって教えちまう!)
デュオがそう思うのも無理もない。熱心な生徒をもった家庭教師の気分を味わう。
カトルの視線の先を確認して。
「ここ見て。字が出てるだろ。カトルにさぁ、これが出たら、ここ」
「ここ」
「そう、そこを押して欲しいんだ。ほら、画面が変わっただろぉ」
「変わりました」
「じゃあな、今度はカトルがやってみな」
「押すんですか?」
「チョイってな。力一杯じゃないぞ。つぶさない程度に」
「そっと、ですね」
「そぉ、そっと……な」
テーブルの縁でぐうに握られていたカトルの手のひらが開き、人差し指が立てられて。そろそろとキーに近づいていく。
ぶにゅ。
ブミーーーーッ!
「うぉっ!?」
「ゲッ!」
「ひぃゃやぁぁあっ!! 鳴ぁりましたぁーーっ!?」
後退って、ソファーで背中をぶつけているカトル。
どうもカトルは大きな音や、突発的な音に弱い。
「エラー音っ、エラーだ、エラー! 逃げなくていい、カトル! カトルッ! おいっカトル、お前、しがみつくとこ間違ってるぞー」
乗り越えたかったのか、上りたかったのか、ソファーにへばりつくカトルをデュオは後ろからだっこした。
「落ち着けよ、カトル」
「くっはぁーっ!! デュオォォ~、鳴りましたぁ」
今の音はあまり聞く機会もないからと、デュオが出来心で飛び切り間の抜けたものに設定していた、誤作動を呼びかける警告音だった。
「ああ、鳴ったな。別に噛みつきゃしないって。……それから、しがみつくならオレのとこにきな。折角こんな頼りになる騎士様がいるっていうのによ、勿体無いだろ。ソファーが助けてくれるか?」
「ど、どうでしょうー??」
脱力したデュオだったが、カトルの反応が明後日を向いていることなんてよくあること。こんなことでめげてはいられない。
「可能性に賭けてないで、確率の高いほうを選らんどきゃいいんだよ、この際」
背中から抱いたカトルをデュオは細い髪がぐっちゃぐちゃになるくらい撫で回してやった。
「デュ、デュオぉ……」
意味不明の迷走行動を起こさないように、カトルを後ろから捕まえ座らせた。
抱きこむように後ろからデュオがカトルの肩に顎を乗せ様子を窺うと。混乱しているカトルは目を白黒させている。
デュオはわたわたしているカトルの手を取って、しげしげと見つめた。
着ぐるみの指なんて……。
(太いのなんのって、太いよなぁ~。って言うより、デカ、い……。キーをちゃんと押せると思ったオレが馬鹿だ)
前はカトルが突発的な行動に出ると、一緒に右往左往しがちだったデュオだが、舵取りが大分と上手くなってきた感じ。
パソコンを閉じ「ないない」したとカトルに示して、ほとぼりがさめるまで、しばし、いい匂いのする暴れん坊のぬいぐるみをデュオはだっこし続けていた。
「あぁ~~……! ちょっと待ってろ。これよりアッチのほうがカトル向きだった。はじめからそうしとけばよかったんだよなー」
一人でそう話しながらカトルの頭をぽふぽふと撫でるとデュオは立ち上がる。カトルの視線が追いかける中、コードをいっぱいいっぱいまで引っ張って、デュオは電話機を移動させてきた。
単純に電話。
これはいい。本体の受話器を上げれば通じて、元通りに直せば切れてしまうのだから、子機を握って、小さなボタンを押せなんて小難しいことは言わない。これならカトルにだって扱いは容易なはず。
「カトル、ここの部分のことなんだけど、受話器はとれるだろ?」
「とれますっ!」
「どうですか!」とばかりに受話器を取っている。カトルは気が早い。
「そうっ、それ! 音が鳴ったらそうやってほしいんだ。カンペキだぜカトルーーッ!」
「…………」
デュオのあがったテンションとシーソーゲームで、カトルは固い表情で、握っていた受話器をそろそろと戻しデュオを見た。
「難しくないだろ?」
「きっと、難しくはありません。でも……。ぇえっと、それはすぐにとるんですか?」
「大丈夫だよ。別に駿足を競うレースじゃないんだから。焦らなくていいんだよ。とりあえず、音が鳴ってる間に出てくれればいいんだ。そしたらオレの声が聞こえるから。んん? そうか、オレじゃない場合ってのもあるわけか……。もう、そんときゃ、切っちまえ。そうだな、そうしよう。だからな、カトル。オレ以外だったら切っちまって構わねぇからさぁ」
「あの、デュオ、それはぁ、音が止まってからとってはいけませんか?」
「ぁん? も、もしもし、カトル。止まってからじゃ、意味がないん、です、けど」
「……むぐぐ」
カトルは絶体絶命の表情。
「ど、どうした?」
デュオが尋ねる。
「音が鳴っていてはぼくは近づけません。あの音は苦手です。とてもびっくりするから。……止まってからなら取れるのに……」
切れてから受話器を取れたところで、まるで意味がない。カトルは大マジメで言っているから「つべこべ言うなーーッ!」とデュオに言えるはずがなかった。
悲しくらいにメロメロで、『仏のデュオさん』とあだ名されてもいいくらい、カトルには甘くてしょうがないデュオ。おっきな音が苦手だってんだからしょうがないじゃないか。
そう言われてみれば、逃げていくカトルを見たことがある。クローゼットに隠れてたっけ。
(カトルは断じて悪くない!)
頭を痛めるデュオ本人が誰に向かって弁護するのか。
四面楚歌の状態に嵌ってしまいデュオは行き詰まる。
「どーしたもんかなぁ」
独りごち、デュオはカトルを自分のほうに向かせると、両手にひらでほちゃっとした頬を包んだ。
「どうしました?」
この上なく可愛く小首を傾げたカトル。上目遣いに尋ねるから、瞳がいつも以上に大きく開かれる。結んだ唇も愛らしくて、
(どーしてくれようか……)
って気分になる。
ひたひたと柔らかな感触を確かめ、カトルの頬を摘まむと、デュオはむにむに左右に引っ張り出した。
「……うぶぶぶぅうう」
痛くはないがヘンなカオにされている。それくらいカトルにだってわかる。
「デュゆゆぅぉオおおぉ~~」
撫で回しているように見せかけて、ぶにゅっとつぶす。引っ張る合間にそんなオマケまで付いていた。
カトルの肌ときたら張りはあるのに、マシュマロみたいに硬さがない。思った以上によく伸びる皮膚。なんていたずらのしがいがあるんだろう。本当はツノもクッションみたいで弄ると面白いのだが、カトルが「かゆい」と言って嫌がるから自重しているデュオである。
「カぁトル、カァワイイ~~~ッ」
笑ったデュオの顔は、カトルが大好きな明るいお日様の笑み。
カトルの知る人の中で、デュオほど魅力的な笑顔を持つものはいない。
質が悪いところは、自分の笑顔の効果を自覚して意識的にそれを使うことがあること。自称だけじゃなく、本当に女にモテるデュオの武器の一つ。
「ぶぅうーー」
されるがまま、ギュッと目を閉じたカトルの瞼にデュオはひとつキスをした。
その時、パッとひらめいた。古典的だが絵にするなら、デュオの頭上には電球がピカリと光っていたかもしれない。
「名案! FAXがあるじゃないかっ!! オレって、バカー!?」
「えっ!? そんなことないですよ」
デュオの声を出しての一人合点にカトルはぶんぶんと首を振る。
「カトルのそういうとこ可愛くて、オレ、大好き」
「可愛くなんてありませんよっ」
不本意だーッ! と、ピンクに染まった顔をして、拳を大きく振り回すから。
「だから、そういうところが可愛いんだよ」
デュオは笑み崩れてしまう。
暴れる体ごと手懐けるように、胸にすっぽり抱き込んだ。
カトルを胸に抱く度に、デュオが微かに思うこと。抱きつぶしたって、突き刺さらないツノはイイ。
余韻でふぐふぐ腕を回していたが、すぐに大人しくなった。
そこへ少し低めた声でデュオは静かに言い聞かせる。
「じゃあ訂正する。だからカトルの、そういうところも、好きなんだよ……。これならOK?」
バチン!
デュオのウインク。
至近距離からこの攻撃。
「……デュオぉ……ぼくもデュオが大好きです」
デュオが頬から顎にかけて、くすぐるように撫でるのに、カトルは擦り寄ってくる。
お気に召さない言葉をデュオに言われたことも、すぐにポイ。遠く遠くに飛んでいった。
湯たんぽみたいな体温なのに、真夏でも最高の抱き心地。可愛く甘えた声を出すから、最強でもある。
頬の濃くなったピンクがとれないのは、デュオが摘まみすぎたせい。痛くなくてもやりすぎだろう。
「ごめんなカトル。赤くなっちまった」
「……? ほっぺですか? すぐに戻ります」
あっけらかんとしているだけかもしれないが、心優しくけなげなところもデュオをくすぐるんだと知らないのだろう、カトルは……。
「もっかい、言っていい?」
返事も待たずにデュオは言う。
「カトル、好きだ。すげぇ好き……」
好きだと思いを伝えるたびに、もっとカトルが好きになる。
(ああ~、やっぱ好きだぁ~……)
そう感じる反応をくれるから。
こんな、でれでれした自分は知らないと、いつも思うデュオだったが、カトルと一緒にいると、『骨抜き世界チャンピオン』の称号も難なく勝ち取れそうなメロメロぶりはパワーアップする一方。他の追随を許さない勢いだ。
デュオの特別の「好き」と、カトルの「好き」は少し違うことをデュオは知っている。だけど、カトルの中で最上級の「好き」だということは確かだから。成熟した気持ちがないのなら、ゆっくり育てていけばいいわけだ。誰も見ぬカトルなら自分こそが手に入れてやる。
「オレの説明ちゃんと聞いてくれよカトル」
「はい」
ほら、この返事だ。
「ピーって音が鳴って、ここから紙がべべーっと出てきたら必ず見るんだ。オレからのメッセージだったら、よく読んで」
「鳴ってるときにですか?」
不安そうなカトルにデュオは笑って見せた。
「いいやぁー。鳴り終ったらでいいんだ。どうだ? カトル向きだろ?」
「はいっ」
大きく頷く。うんうんうん、とカトルも何度も首を振っていた。
細かな説明は後にして、しばらくはスキンシップの時間になりそう。
カトルの顔をむにむにに弄ったのがヨカッタのか?
(何かあったときには、また、その効力にあやかるとするか)
なんてデュオは人の顔を使って“おまじない”にしてしまった。
だけど、必ずしも、頬をつねるのは効力を試すときだけに限定しましょうなんて、ケチくさいことを言うつもりはないデュオだ。
カトルの頬がのびのびにならないうちに、いたずら禁止令を出す必要があったかも。