【PECHA-PAI】2 † † †
元ガンダムパイロットたちに舞い込むのは、緊迫した厄介な問題だけではない。秘密裡の行動が必要なときにも協力を要請される。直接組織に所属していない彼らほど身動きがとりやすい者はいないということだった。最も、カトルはバックアップという役割が主になっていたが。
二人が本部に顔を出したときには、先に到着していたメンバーたちが、大まかな打ち合わせを行っていた。
カトルの顔を見て、陽気に挨拶をしたデュオの態度で、事態は切迫した状況ではないのだと知れた。
「二人きりでのんびりしたかっただろうに。ついてないねぇ、まったく」
「そんなこと……」
冷やかすように言うのに、カトルが曖昧な笑顔を受かべると、あれ? っと、すぐにデュオは思ったようで、テーブルに肘をつき、つっかえ棒のようにした手の上に乗っけていた頭をひねっていた。
「カトル」
「なんですか?」
この辺の勘の良さはピカイチのデュオ。何か言いたそうなデュオに、カトルは話が核心に触れないことを願うばかり。
「……いや、やっぱ、いいや」
すんなりと引き下がるデュオにカトルは胸を撫で下ろす。チラリとトロワの様子を窺うが、ヒイロと作戦を練り始めた彼は、いつものトロワでしかなかった。
「任務の話を始めるぞ」
五飛の言葉に頷いて、カトルは頭をそちらに切り替えるため、一つ深呼吸をした。
カトルは話を進める五飛を見ながら、ここに籍を置くようになってから、彼も随分と大人になったなぁと思っていた。猪突猛進型だったが、融通がきくようになったというのか、少し折れる、流す、という行動もとれるようになって、一段と恰好良くなったと感心していた。
掻い摘んだ説明の最後に、五飛から今回の任務は、とある学園への潜入調査だと告げられた。そこから最近になって、不審な通信を頻繁にキャッチするようになったというのだ。
細かに電波の発信場所を限定していくと、クラブ棟のある一帯が疑わしいと絞られた。だが、紛らわしいことに、その中の一棟にはアマチュア無線部の部室もあったのだ。もしかするとこの無線部が、悪意の有無は置くとしても、なにか関わっている可能性もある。だが、同時に無関係な場合もあるわけで。深刻な事態より、むしろ笑い話になるようなことを願うのであるが、最悪のケースを想定せずに軽はずみに動くわけには行くまい。どんな事態に発展するのか予測不可能なだけに、慎重に動かざるを得なかった。
その校は戦中からロームフェラ学園に倣い、平和主義を掲げていて、反社会的な行動に出る輩を内包しているような気配はない。しかし、あえてそれを隠れ蓑に、なにか目論んでいるものが潜んでいる可能性は零ではないというのだ。それは、ロームフェラ学園において、リリーナに悟られず――目的は自衛のためということであったが、軍備を整えていたノインの例もある。どんな聖域と見える場所でも例外はないということなのか。
学長はドーリアン氏存命中からリリーナとも親交のある人物で、今回の件も既に話は済んでいる。その上で真相を探ってくれるようにと、直々の申し出があった。潜入するための手筈も整えてある。後は誰が潜り込むのかということだった。
この手の任務は数も多く慣れたもの。それなのに、五人の中で唯一カトルはその潜入調査に就いたことがない。カトル本人は経験してみたいと思っていたのだが、その希望が通ったことは一度もなかった。適材適所と言われてしまえばそれまで。潜入に適していないのだから仕方ない。足を引っ張るわけにも行かず、おとなしく同意していた。
しかし、白羽の矢が……。
「俺は今回の任務には、カトルが向いてると思うんだけど」
はっきりと『カトルには潜入は不向きだ』と、断言していた人間であるはずのデュオが思いがけないことを口にした。
「僕に? どうして? いつもデュオは、僕は駄目だって言ってるじゃないか」
デュオが以前に言った、カトルが潜入できない点は、まずは異常に目立つ容姿。
『プラチナゴールドのキラキラの髪に、つるつるすべすべの白い肌。美少女ばりの愛らしー顔と、華奢なカラダ。と、きたもんだッ! そんなナリして、どぉーーーーやって、ナチュラルに周りに溶け込もうって言うんだよ。柔らかい空気で性別不詳に拍車までかけやがって、俺のハートを鷲掴むは、盗みとるわって、この、恋泥棒めっ!』
と、関係のないことまで言っていたデュオの言葉は、事実や本心がどこの部分なのか全然わからなくて、逆にカトルも良く覚えている。
ヒイロたちも十分に美形と言われる容姿をしているが、彼らは根っからのエージェントで、意識的に存在を他に埋没させるということができるようなのだ。だけどカトルは、そんな器用なことはできない。
しかも、駄目押しとばかりに、カトルはウィナー家の当主である。知名度が高すぎるのだ。そんな人間がどこかに入り込んだところで、身動きすらとり辛くなってしまうだろう。
それなのに、どうしてデュオはカトルを推すのだろう。
「カトルの上手い使いかただと思うんだけど。お前らみんな、どう思う?」
「僕のうまい使い方って、一体どういうこと?」
「ネックを逆に利用するってこと」
デュオはニヤリと笑ってカトルにウインクをした。
「二人、潜入させるということか」
何か察した様子で五飛が呟く。
「そうそう」
「確かに効率はいいな。しかし……」
言い澱んで、トロワはカトルを見る。目が合って、カトルは微かに肩をすくめた。
「トロワって僕を過保護にする傾向があるんだから」と、昨日までなら思っただろう。だけど今は、トロワが何を思って自分を見つめているのかが、カトルには見えてこない。
いちいち掴み所のないトロワを相手にしながら、空回りしていることは十分に自覚しているカトルだ。噛みあうようになっていただけに、昔よりも今のほうが不安は大きい気がする。
気にならなくなっていたトロワの無表情も、こうなってしまうと、やっぱりたちが悪い。
「トロワお前、反対なのかよ」
「強制ができる内容ではないな」
「これは任務だ」
横合いから、伝家の宝刀を抜いたのはヒイロだった。
「学園には俺とカトルが潜入する。いいな、カトル」
端から『嫌だ』なんて、言わせないつもりの口調で確認を入れられても……。
とは言えカトルも、ヒイロにそう言われなくても、気持ちは既に決まっていた。
トロワと少し距離を置くことになるのは好都合かもしれないと思った。
大まかなポジションを決定し中休みすることになると、カトルはデュオを誘って他のメンバーのいない休憩室に入った。
「トロワと一緒じゃなくてよかったのかよ」
「……うん。大丈夫だよ。気にしないでください」
「“気にしないでください”か。そういうのが一番、気になるんだけどなー」
そう言われて、カトルはデュオの顔を見た。
目が合うと、デュオは微苦笑を浮かべ、伸びするようにして背もたれに体を預ける。傾けている椅子の角度ときたら、後ろにひっくり返らないのが不思議なくらいだ。
「はっきり聞くけど、カトルお前、トロワと喧嘩でもしてるのかよ」
カトルは疑問をぶつけられ、言葉を詰まらせた。
「夫婦喧嘩は犬も食わないって言うし、俺も犬以下になるつもりはないんだけど。それにしてもカトルの様子が変な気がしたから気になっただけで。……別に言いたくなけりゃ言わなくていいんだぜ。単なる世間話だからさ。まともに取り合う必要なんてないんだしな」
話しながらもデュオは欠伸を噛み殺す。
「別に喧嘩というわけじゃないんだ。ただ……」
乗りは軽いが野暮はしないデュオだから、痴話喧嘩なら口を挟まないだろうし、本当にカトルが触れて欲しくない話題だと思っていたら、きっと黙っていただろう。
こういう面倒事を軽やかに引き受けてくれるデュオには頭が上がらない。こんな有り難い親友を探すのは恋人と巡り合うくらい難しいだろう。
「デュオ、聞いてくれる?」
沈黙の後そう言って、デュオを窺い見たカトルに、
「なんなりと」
にっこりとデュオは微笑んだ。
記憶が抜け落ちていると判明した瞬間の、細かな状況は勿論伏せたままいたが、カトルから話を聞いたデュオは感嘆の声を上げた。
「また、器用なことしてくれたもんだなー、トロワの奴。カトルとの距離が違うくらいで、全然普段と変わらないスカしようだったぜ。……それで、原因はわからないのかよ?」
カトルは力なく首を横に振る。
「これってやっぱり、後遺症でしょうか」
「特異体質だったりしてな」
どんな時でも軽口は健在。
「ゼロにでも放り込んじまえば、また、思い出すんじゃないのか?」
「ガンダムはもうないもの。……ゼロシステムだけでも、また造れってこと?」
「ワァーーッ! 真に受けるな。突っ込んでくれよ、カトル~。お前がその気になったら本当に造り上げちまうだろ。復刻版のゼロなんて勘弁してくれ~。……とにかく、前も記憶が戻ったんだ。今回だって何かの切っ掛けがあれば」
「もし、戻らなかったら……」
「弱気になるなって、お前が沈んでもアイツの記憶は戻らないんだぜ。それに今回は基本的なデータは残ってるわけだし、性格も変化はないんだから、別に問題はないんじゃないのか」
このままトロワの記憶が欠落したままだとしても、確かにカトル以外の人間からすれば、何の支障もないのかもしれない。それはトロワ本人も含めてである。カトルだけが持て余しているだけのこと。
「友だちに戻ってしまっただけのことだものね」
眉根を寄せたカトルにデュオはギクリとしたようで、慌てて言葉を付け足す。
「カトル、良く考えてみろ。アイツがカトルとの今の“関係”を忘れてるとしてもだ、それって”感情“とは別じゃないのか」
「感情と、別?」
「そう! 考えられるだろ。ハンバーガーが好きな奴が、それを食べたことを忘れたとしても、それが好きな気持ちまで忘れたわけじゃないってことかもしれない。状況を考えるとその可能性は大きいんじゃないのか」
「……それって、”想い“……。気持ちはなくなったわけじゃないってこと?」
口にするのは気恥ずかしかったが、恐る恐る確認してみる。
デュオは力強く、首を縦に振り下ろした。
「カトルだって“そうなった”から、アイツのこと好きになったってんじゃないだろ」
「“そうなった”ってどういうこと?」
「あー、だから、わかりやすく言うと、関係を結んだからとか、デキちまったからってことだよォ」
デュオは小声で、
「ああぁぁあ、口にしたくねー」
と、自分にとって面白くない事実だけに、頭をかきむしりたい衝動を我慢している。
「な、カトル。トロワと深い仲になったから、それがきっかけでくっついたってことじゃねぇだろ」
カトルにわかるように、でも、カトルの耳を汚すような下品な表現にならないように、デュオなりに言葉を砕いていた。
そんな配慮はカトルにも届き、真っ直ぐにデュオを見つめ、その言葉を聞きながら、カトルはこくこくと頷く。
勇気づけてくれるデュオに感謝するカトルの目尻は少し濡れてしまった。
「デュオ、僕……」
「笑ってろよカトル。傾城の美女よりカトルのほうが魅力があるって。俺ならいつでも秒殺間違いなし。もっとも、アプローチもされてもないのに惚れっぱなしだけどな」
茶目っ気たっぷりに口の両端を上げて笑うデュオに、カトルもふんわり微笑んでいた。
「今、俺が言ったこと本当だぜ。アイツに愛想がつきたら、いつでも俺んとこ来いって。カトルのための胸だったらいつでもあけてるデュオさんだからさ。たっぷりと、優しくしてやるよ」
「ありがとう」
冗談だとしか思えないデュオの言葉に、カトルは声を立てて笑い出した。
指の背中で目許を拭う。
本気も本気の言葉だったデュオはそんなカトルを見ながら苦笑いして、ぐにゃりと身体の力を抜くと「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」と、腑抜けた笑い声を漏らしていた。
† † †
L1コロニー群にある学園の広大な敷地には緑が多く、樹木を抜けて吹く風は心地好く皮膚や鼻腔をくすぐるものであった。
左右に立木の並ぶ、校舎に続くオリエンタルな石畳の径道を、支給されたこの学園の制服をすでに身に着けたヒイロとカトルは、ゆったりとした歩調で進んでいた。
ヒイロから半歩後れて歩くカトルは、緊張した面持ちで、固く唇を結んでいる。
下ろされた手は拳を握り、瞳があたりを窺うようにきょろきょろと動く。
「あまり固くなるな。不自然な態度は留学生だからだと理由がつく程度にしておけ。それではただの挙動不審者だ」
「だって」
不満の声を出すカトルにヒイロは返事もしない。
「おかしな態度を取らなければいいだけだ」
「どうしてそれだけで大丈夫だって言えるのかなぁ。君たちは楽天家なんだから。一目でわかってしまうかもしれないのに」
「勘付かれないように、振る舞え」
「勿論そのつもりさ。任務だからね」
カトルは凛々しく頷いた。
横目でカトルの様子を見、ヒイロは詰襟の首元にあるホックをきっちりと留め直し、正面にそびえる校舎を見る。
ヒイロの横に並んだカトルは、気合いを入れる仕種なのか、形を整えるようにキュッと握った上着の裾を、下に二度ほどひっぱった。
靴下を確認する。そこから繋がっているパーツの一部にも当然目は止まるわけで。
お天道様の下、自分の膝なんて見たのは、いつ以来だろうか。
カトルは一瞬、苦い顔をし、直ぐに面を改めた。
「もし僕が男だってばれてしまったときは、フォローお願いしますよ」
素肌をなぶる風が吹く。
空気を含み、下から押し上げられるように、ふわっと布が広がった。慌てて伸びた、カトルの白い手に鎮圧されて、スカートの裾だけが風と戯れ舞い上がった。
初めての潜入がこんな形で実現するなんて、カトルも予想だにしなかった。後になって思えば、ヒイロとカトルが潜入すると決まった際に、五飛が席を外したが、どうやらその時に、制服の手配にあたるように伝達していたのだ。
手渡された箱を受け取ると直ぐ、デュオに急かされてカトルは制服を身に着けてみることになった。
わざわざそんなことをしなくても、プリベンダーにはデータがあるのだから、サイズは心配ないはずであるのにと、カトルは不思議に思っていた。
隣室に入り、一分も経たないうちに、カトルは箱を抱えて戻った。
「間違えてるみたい。女生徒の制服が入ってるんだ。確認してよかったねェー」
「問題ないから着て来いって」
促すデュオの“間違いない”にカトルが同意できるわけがない。
「間違いだらけじゃないか。こんな恰好じゃ何もできないよ。ちゃんとわかってるの? さては、信じてないな~。それとも、わかってないだろ。……これだよ!」
箱を開けて、中の丁寧に畳まれていた制服をみんなに見えるように広げた。
しかし、困ったように笑うカトルの言葉に、驚いてくれる人間は一人もいなかった。異口同音に「当然だろ」などと呟いている。
「ちょっと待って。潜入ってもしかして、これを着て!?」
「そういうことになるな」
「ト、トロワ」
カトルは目を丸くした。
記憶が欠落しているトロワでも、こんな非常識な状況なら庇ってくれると思っていたのに。頼みのツナだと思っていたものが、ぬるぬるのウナギだったというような心理状況だった。
四人は既に考えが一致しているのか、異を唱えるカトルの意見を打破するものは四方から飛んできた。
最も、トロワはカトルに「やれ」とは言わない。ただ、
「カトル次第だ」
という、狡い言い方をする。
本心からそう思っているのだろうとわかるのだが、カトルにはこのトロワの言葉が一番、痛かった。
カトルは三つのケースを頭の中でシュミレーションしてみる。『やるべきだ』『やめておけ』『どうしたものか』と言うトロワ。
方針が違っていても共通するのは、トロワはカトルのことを、たくさん、たくさん考えてくれるに違いないということ。そうして、なにかしらのアクションを起こしているわけである。
それなのに今のトロワからは、そういったものを感じられない。無関心なだけではないのだろうかとカトルに思わせるのだ。
言葉の内容なんてどうでもよかった。
(僕のことなんて、どうでもいいんだ……)
そう見えるから、カトルはものすごく寂しかった。
でも、今のトロワを責めることはできないカトルである。
トロワのことでへこんでいるカトルにお構いなしで、校内では表立っては女しか行けない場所があり、男にしか行けない場所があるから、男女の駒を用意できるのは作戦上効率が良いことなのだと彼らはもっともらしく主張するのだ。
しかも幸か不幸か、本人は否定するが、それをこなせる容姿をカトルはしている。それに、あのウィナー家のカトル様が、まさか女の恰好をして学校に入ってくるとは誰も思わないだろう。似ているなと思われたとしても、常識から考えて、まさか本人だとは思うまい。
適役だし、露見する可能性も低いと言われても、釈然としないものを感じるカトルが、
「だぁったら、わざわざ僕じゃなくても、はじめから女性の諜報員をつかえばいいだろぉー!」
と、抵抗するもの無理はない。
それなのに、「カトルほど優秀な奴がいないんだ」なんて、ほだされて、うまい具合にくすぐられ、結局、気が付いてみると……。
纏う物は女物でも、男らしい心意気。
「見事にやり遂げてみせます!」
という、使命感でカトルは燃え盛っていた。
本当はそれだけではなくて、ほんの少し拗ねたような気持ちもあったから。逆に「やってやるさ」な気持ちになった部分もある。
それで勢いのまま制服を着用してみたわけだが。カトルは違和感を抱いてしかたなかった。
「すぐにわかりますよ、男だってことぐらい」
いろんな意味でカトルは恥ずかしそうにしているが、周囲はカトルの姿に笑いもしない。デュオだけは無言を通す男たちの中で、ストレートな褒め言葉を連発していた。
いつもなら「カワイイ」の何のと言われたら、臍を曲げるカトルなのに、トロワの目が気になって、デュオの言葉は右から左。
トロワには見られたくない姿である。
「ほら、トロワもなんか、言ってやれよ!」
デュオが指名する人物を、カトルも思わず見てしまった。
可愛らしいセーラー服を着た男が、トロワに目にどんなふうに映っているのか。カトルは想像したくもない。
トロワの自分への評価はマイナスに傾いているに決まっているから。
デュオの励ましもあって、
(何度だって、好きになって貰うんだ!)
惚れさせてみせる! と、トロワに対してポジティブでいる決心をしたばかりなのに。燃え上がった炎に、たちまち大量の水が浴びせかけられた。
トロワの瞳は綺麗だと、変わらずカトルに思わせるくせに、考えを語ってはくれない。安らげるはずの翠の眼が、カトルを不安に陥れて行く。
「……おかしいよね、やっぱり」
彼から目線をそらせてカトルは口にする。
それが、気恥ずかしげな態度と相まって、たまらなく愛らしいく、ヒイロ、デュオ、五飛の脳内は煩悩の犬になるほどであった。
「大丈夫、安心しろよカトル。幸いなことに今のシーズンは冬服だから夏に比べて制服の生地だって厚いし、体育の授業があったって、ブルマじゃないって話だから、まず、困ったことにはならないって」
「そういう問題じゃないでしょ、デュオ!」
デュオは得意気だが、いつの間にそんな情報まで仕入れてきたのだろう。
「脱ぐ状況もなさそうだから、カトルならバレないと思うんだけど。そんなに不安だってんなら、保険の意味で俺が“うまい仕舞い方”教えてやるぜ」
「仕舞い方ぁ?」
首を傾げるカトルに、デュオはおいでおいでと手招きをする。
「そう、仕舞い方ってのがあんの。それさえマスターすれば、革のショートパンツだって穿きこなせるってわけ」
「何を片づける話ですか?」
「何って、ナニだよ、ナニ」
カトルの肩を抱いて、隣の部屋に足を向けるデュオ。
間髪入れず「必要ないッ!」という声が、物理的なものを伴ってデュオを襲った。
床に這いつくばりながら、「スカートが長い」と不平を口にするデュオは、やはり、打たれ強いとしか言いようがない。
対して、「短いッ!」と、憤っている五飛がいる。制服のスカートは膝が隠れる丈であるべきだという五飛は、デュオと同じだけ真剣だ。
まさか参戦してくるとは思わなかったが、
「潜入先の学園は、ぴったり膝上の膝が見える丈が主流になっている」
眉間に皺を寄せたヒイロが、これがベストな選択だとばかりに言い切った。
当事者であるカトルは茫然として、口を挟む余地もない。
一人寡黙に、傍観者の立場をとるトロワにカトルは気が付いたが、掛ける言葉も思いつかなくて、所在なさげに立ち尽くしていた。
■It continues.■