【YA・GI 3】 二人で楽しく豆まきするぞーっ! (それは彼の希望)~前編~■■■「無害なカトルを迫害するとは、犬畜生にも劣る非道ぶり。キサマッ! 人として恥ずかしくはないのかッ!」
唐突に寝室のドアが蹴破られたかのように開かれた瞬間、烈火のごとく怒りまくった叫びが放たれた。おまけに、その形相もモザイクをかけたいほど、恐ろしかった。
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ことの発端はカトルと二人、ただただ平和に楽しく豆まきをしようとデュオが考えたところから始まっていた。
張り切って買いこんできた大量の落花生。それと赤鬼をデフォルメした鬼の顔のお面。
今日もカトルと楽しむぞッ! と考えていたデュオの想いは速攻で誤解を招いた。
「カトルいいから、オレに豆を投げつけてみろって」
「そんなひどいことはできません。イヤです! イヤです!」
「ひどくねーの! そういう風習なんだよ、カトルぅ」
部屋中を二人が追いかけっこするように走り回る姿が、トレーズのよく覗いている水鏡に映っていた。
間違いない。この光景をヤギの誰かに見せれば、なにか面白いことが起こるのではないのかとトレーズは思ったのだろう。
不運にも真っ先に引っ掛かったのはウーフェイだった。トレーズの思惑通り、それを覗いてしまったのだ。
トレーズが一番気にしている部屋に着くと、扉が少し開いていた。それを見つけたウーフェイは侵入者を制圧しようと中に入ったがもぬけの殻だった。部屋中の気配を探るが、誰かが潜んでいる可能性はなさそうだ。
室内の見回りをしていると、年季が入りながらも、美しさを失わぬ水鏡に誘われるように、なにげに覗いてしまった。
そこには落花生の入った袋をギュッと胸に抱いて、悪漢に追われ、逃げまどうカトルの姿があった。
部屋中を追いかけっこのように走り回りながら「イヤですーっ!」と連呼している必死のカトルを見て、正義感に瞬間着火し燃えあがったウーフェイ。そんな光景を目の当たりにした怒りは即、一瞬でMAXに達した。
この男の思考は『正義』と『悪』の二択でほとんどが出来ていた。そして、極まれに、『疑問』『迷い』『葛藤』などが隠されているのだ。豪快に見えて、シャイであったりデリケートな部分も併せ持った、面倒な性格をしていた。
自分に厳しく、肉体の鍛練を行いつつも、静かに読書することなども好む意外性を持つウーフェイ。ただの『筋肉大好き!』なだけの熱血漢やナルシストとは違うようだ。精神統一をし、静かに過ごすことも好ましい時間だと思っていたから。
……そのわりには激しい衝動のままに、世にも恐ろしい表情(かお)をして怒鳴り散らすことも多すぎだったが。もう少し『静のなかの静』だけではなく『動のなかの静』も身につけて欲しいものだ。
悪戯と言うような可愛いものではないが、何かとスリリングなことを求めているカンのある、腹にイチ物ある容赦のないトレーズは、平気で罠を張る。そういう男だ。これでヤギたちからクレームがこようが、エレガントに振る舞い煙に巻き、まったく気にもとめない、強靭すぎるメンタルをしていた。
デュオとカトルがバタバタするトラブルが発生していても、トレーズはとがめることも手助けもせず、それを余裕をもって面白い・興味深いと思い見ていることのできる性質をしていた。だからこその得体のしれない『トレーズ様』なのだろう。
トレーズのカトルへの愛も本物であるのに。困った状況に陥ったカトルの姿も可愛くてツボなのだった。
今になって思うと、デュオの元へ行かせたのも、世に慣れるための試練というより、たんに不測の事態に遭遇したカトルが、右往左往する可愛い姿が見たいだけの、トレーズの偏った楽しみのためだったのかもしれない。
もしかするとトレーズは、今、カトルが必死で「イヤです!」「イヤです!」と連呼しながらデュオから逃げまどう姿が水鏡にあると知っているのか? ……というか、知っているのだろう。
動きにくい着ぐるみもどきを着たカトルのスピードは遅い。だがカトルなりに必死にとてとてと走って逃げ廻り、その後ろを追いかける、カトルには無害で甘いデュオの姿があった。これは、あまりにも可愛い追いかけっことして、トレーズは楽しんで観ていたのかもしれない。
たとえるなら、お風呂上りに頭を拭いてあげようとするのに、なぜか嫌がりながら部屋中を逃げ回る子。それを、両手でバスタオルを広げ、前屈みの体勢で、名前を呼びかけながら、その子のあとを追う新米パパさん。と言うような、見様によっては平和で和やかな様子にも見えた。
だが、言うように、カトルはこれでも必死なのだった。着ぐるみもどきを着て、追いかけっこするのは、それなりに体力を使う行為でもあるし。
「カトルぅ! 投げつけてくれってェ!」
「イヤです! イヤです! そんなことはできません!」
この様子はコミカルに見えるので、カトルの命がけのダッシュも、ぽふぽふ云っていて、見ている人間からすれば、笑ってしまうかもしれない。
逃げ回りイヤイヤするカトルと、強引に捕まえるような乱暴なことはせず、ひたすら走るペースをカトルに合わせ、止まってくれるのを待ちつつ、その後を追うデュオとの姿は、ただただ可愛いらしいものだった。
本人たちの想いは置いておくとして、なかなかにデュオとカトルの追いかけっこは微笑ましい。
デュオとカトルが終わりのない追いかけっこをしているあいだ、一方ウーフェイはというと……。
部屋の中まで警戒し、異常がないか、隅々までチェックするように言われており、この隅々という言葉の中には当然のように水鏡も組み込まれていた。
トレーズがなぜ、いつも自分が管理している鍵を預け、水鏡がある部屋と各部屋の見回りを指示してきたのか。
ちなみに今回のことは鍵なしでも行えた。悪戯が成功する確率をアップさせるために、信用させるよう鍵をヤギたちに渡したのだろう。水鏡のある部屋に行くことをトレーズが勧めただけでは、なにかあるに決まっているとヤギたちに余計に警戒されてしまっただろうから。
これは悪趣味なハプニングを期待しているトレーズのお戯れだ。今の二人を見たヤギがどんな反応をしめすのか、興味があったのだろう。
他のヤギのヒイロとトロワにも鍵を渡したが、偶然、一番乗りでその部屋に現れたのはウーフェイだった。
ヤギ三人が顔を合わせたところも興味深いのであるが、ウーフェイは怒りに任せ、一人、単独行動にでた。
阿吽の像にも負けないほど恐ろしく見える、おでこ及び眉間にイカメシク深いシワを刻み込み、ついでに太い血管を浮かせた、世にも恐ろしい表情。今なら動物界最強生物と噂のカバでさえ問答無用で倒せそうな表情になっていた。
ついでに言うと、このウーフェイの『怒れる鬼神』のような怒りに満ちた顔を見てしまった子供がいれば、泣き叫びそうだ。そして、しばらくは夜中に一人でお手洗いに行けなくなるだろう。
子供のトラウマになりそうな、世にも恐ろしい存在の登場だった。
熱血漢だがとにかくシャイなウーフェイ。それでも不埒者に追われ、部屋中を逃げまどうカトルの姿を見て、無視できるほど冷血ではない。なにしろウーフェイは冗談抜きで、真顔のまま、『俺が正義だ!』と言うような、ぶっとんだ奴だ。こんな思考回路の人間なので、むしろ、カトルを悪から救い出す! と云う使命感を強く抱きやって来たのだった。
しかし、ヒーローのように、登場時、爽やかに「カトル! おまえを助けに来た!」とは気恥ずかしくて自分の口からは言えない。
もっとも人がそれを伝えようとしても、全力で阻止するだろうが。それに、こういう軟派なことを言うのは、ウーフェイよりも完全にデュオのほうが得意だろう。
こうして、冒頭のヤギウーの来襲となったのだった。
「無害なカトルを迫害するとは、犬畜生にも劣る非道ぶり。キサマッ! 人として恥ずかしくはないのかッ!」
唐突に寝室のドアが蹴破られたかのように開かれた瞬間、烈火のごとく怒りまくった叫びが放たれた。おまけに、その形相もモザイクをかけたいほど、恐ろしかった。
突然のウーフェイの乱入に、さすがのデュオも飛び上がりそうになるくらい驚いた。ひつじに至っては、心臓が止まるかと思うほど、びっくりしてしまっていた。
それでも、この驚きようもカトルにすると、長く目を回すほどの驚きではなかったようだ。普段は物静かなくせに、時に大声を張り上げるウーフェイの怒鳴り声は聞き慣れていたから。だから、この程度のびっくりですんだのである。
びっくりがゼロになるわけではないが、鬼の形相も大声もウーフェイのものなら、カトルには免疫があった。逆に言うと、免疫ができるほど、ウーフェイは頻繁に大声を張り上げイカメシイ顔をしていたということなのか。
いつものごとくメルヘン界の奴は、どういう原理か室内のドアをあけてやって来る。
ドアを破壊する勢いで蹴り開け、こいつが本当の鬼じゃねーのか!? とデュオが引くほどに恐ろしい形相をしてリビングに現れた。
「わあ!? ウーフェイ! 来てくれたんだね! ありがとう! とっても嬉しいです!」
彼がカッカしていることも気にしないで、ぱっとウーフェイの手首を両手で取り、嬉しげに彼を見て、はにかむよう微笑んだ。カトルはこの鬼神のような奴が怖くないようだ。
カトルの安心しきった笑顔に少々……いや、かなり妬けるデュオ。
「たまたま、通りかかった……」
「うん。ありがとう」
「いや、たまたま……」
「うん。ありがとう。逢いに来てくれて嬉しいよ」
このタイミングで現れたウーフェイに、にこやかに笑顔をおくるカトル。今は必死で逃げる場面ではなかったのか。
カトルはシッポも引いていないのに、ウーフェイが来てくれるとは、まるで思ってもいなかった。
全てを見とおしたような穢れのない瞳に見つめられ、ウーフェイは大いにたじろいだ。彼は、どうしようもなくシャイなのである。
「いや、だから、俺はたまたま通りかかっただけだと言っているだろうが!」
真っ赤になって話しているが、あまりにも言い訳が苦しすぎる。どんな用事があれば、こんな場所をたまたまで通り過ぎるというのか。
カトルが嬉しそうに話しかけながら、ウーフェイの傍に行くのがデュオは気に食わない。
「人の家に勝手に入ってくんじゃねえ。どうせ、おまえもヤギだろ。そんくらい、こんな毎度のパターンで来られたら、わかるっつーんだよ! それに、声がうるせーんだよッ! オレも声はデカいが、おまえの声は怒鳴り声だろうが! セーブしろよ! ここに居てーんだったら、ちっとは気を遣って静かにしゃべりやがれっ!」
「うるさい! 長居などする気などない。カトルを先に帰し、キサマを百発殴れば、すぐに出ていく」
ウーフェイがカトルの両耳を覆っていた。
安穏とした毎日を大切に送る平和の使者カトルには、聞かせたくない内容なのだろう。
冷静に、それ以上は応戦せず、ウーフェイはデュオに一瞥をくれただけだった。
百発……。いきなりの生々しく具体的数字をあげての強烈な宣言はなんだろう。なんとなく背筋がゾクゾクする。
カトルを一度メルヘン界に連れ帰ったあと、自分はこちらに戻ってきて、デュオを殴ろうと考えているようだ。
ウーフェイが冗談で言っているのではないと確信したのは、殴るより前にカトルを先にメルヘン界に連れて帰ると言ったところだった。わざわざ、能率が悪く時間がかかることをするのは、きっと百発殴りつけているところを、カトルに見せないためだろう。この、本気度が半端なく恐すぎる。
「さぁ、帰るぞ、カトル」
「へ? どうしてですか?」
「この変質者に追われていただろうが。そんな、カトルに恐怖を与えるような奴の元へ置いてなどいられるものか」
「違いますウーフェイ。デュオはとっても、優しくて、いい人です!」
「庇う必要などない! 今、現に追われていたではないか!」
「あ、あれは……」
「お話の途中すまねーが、なんか勘違いしてるみてーだけど。オレたち、たんに豆まきをしようとしてただけだぜ」
追うほうと追われるほうが逆になっていたが。
デュオのこういう、タイミングを嗅ぎわけ、会話の中にするりと入っていけるところは、彼の誇れる資質だろう。
「なんか、疑ってんのなら、見学でもしていけよ。誰がカトルを迫害なんかするんだよ! そんな卑怯なマネが出来るくらいなら、とっくの昔に食っちまってらぁ」
「……く、くうぅ。……『食う』とは、汚らわしく、ふしだらな鬼畜めがァッ! 恥ずかしげもなく、よく、そんな卑猥なことが言えたものだな!」
デュオのキャラと文脈から意味を弾き出したウーフェイ。真っ赤に染まった顔や耳。額に浮いた血管。その顔をキープしたままデュオを睨みつけ考えこんでいた。
デュオのオープンなスケベっぷりが許せない。こいつには羞恥心が備わっていないのだろうかと、カチコチの堅物、ウーフェイは思う。こんな奴が棲みついているここは、いつまでも恥じらいを忘れないカトルには相応しくない場所だとウーフェイは強く思った。ウーフェイからすると、聞いているだけでも、気恥ずかしく顔から火を吹きそうだ。なぜ、平気な顔をしたまま、そんな下品なことが言えるのか。五飛にはまるで理解できないことだった。
「やはりカトルを置いておくわけにはいかん!!」
「でも、カトルはオレのところに居たいって言ってくれてんだよ。な、カトル」
「? ぁ、はいっ!」
話の流れはちょっと理解していないが、最後の聞き取れた言葉に一拍遅れで、素直に返事をするカトル。
カトルからすると、とにかく二人とも白熱するほどに声がデカい。心臓に悪いのだ。
ウーフェイは常に大きいわけではないが、通常の静かさと興奮しているときの声の大きさの差が大きい。話を聞いているのだが、たまに二人の大きな声でびっくりしてしまう。それに、おっとりしいているカトルは、本当は聞きとりも本来ならスローなほうがいいのである。
大声でびっくりしてしまわないようにしていると、肝心な話さえ入ってこなくなってしまう。
そして、最も大きな問題は、二人(というか、主にデュオ)がカトルの知らない言葉を早口でもって、たくさん使うので、ついていけないのであった。デュオはカトルに話しかけるときは、わかりやすく話してくれる。だから、カトルとの会話が成立しているのだった。
「オレがカトルを迫害してるなんつーのは、ひでーカン違いだよな?」
「はい! はなはだしい間違いです! 僕はデュオにいじめられてなどはいません! いつも、いつでも、デュオは優しくしてくれています!」
ウーフェイはカトルが洗脳でもされているのかと疑ったが、このケダモノにそんな特殊能力が備わっているとは思えない。それにカトルの瞳の色は澄んでいる。
「なぜ、そんなクズを庇うんだ。迫害ではないというのなら、その証拠でも見せてもらおう!」
「よし! その言葉を待ってたぜ! ここで三人で話してても埒があかねーもんな」
「俺は悪を許さない! キサマの語る詭弁になど騙されると思うな!」
「おー、おー、そっか、そいじゃー、こっちはこっちで、楽しませてもらっておくぜ。騙されることがないように、お祈りでもしながら傍観してな」
これは、只今から『お前を無視する』宣言だった。
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2016年2月15日 書き下ろし