【YA・GI 3】 二人で楽しく豆まきするぞーっ! (それは彼の希望)~中編~ まるでウーフェイのことは無視して、話を急激に戻し、カトルに穏やかにデュオは話しかけた。
下を見ると二人の様子を瞳をパチパチさせて、見つめてくるカトルの姿があった。その佇まいが猛烈に可愛い。見ているだけで悶絶しそうだ。
デュオとウーフェイの二人が、ケンカをしているとわかっているのだろうか……。激しく口論をしていても、『盛り上がっている』『会話が弾んでいる』と思うことのある、勘違いはなはだしいカトルの平穏な思考。なので、ケンカの云々はカトルにはよくわからないかもしれないが、ウーフェイに帰るよう促され不安に揺れ、瞳が潤んでいるのかもしれない。
ウーフェイに連れ戻される心配に、取り乱すことなく、グッと口を噤み、カトルなりに気丈に振る舞っているのだった。
それに、ウーフェイが怒りのままに、デュオに暴力を振るわれないか不安だった。デュオが壊れなければいいが。カトルはそうなる前に、身体を張ってデュオを守るつもりだ。
カトルにそんな男らしい心配をされているデュオサイドはというと、
(あ~あ、可愛いわぁ。上目遣いも超カワイイわぁ~……)
デュオについては、蕩けきっている不謹慎なこの調子なので、心配などしなくていい気がする。
考えているのは、邪魔者がいなければ抱き締めて頬にキスでもできるのに。という、そんなこと。
「カトル、そういう風習のものだから、遠慮なんてしなくていいから、力一杯オレに投げつけろって! 落花生が当たったくらいで死にゃーしねーからさ」
デュオの変わり身の早さに、呆気にとられ、黙っていたカトルが口をひらいた。
「デュオにこれを投げつけるような無体なまねはできません!」
「だから、落花生を投げつけられたくらいで、死ぬわけじゃないから。わかってくれよぉ、カトルぅ」
「デュオ。誰かが落花生をぶつけられないと、終わりがないのでしたら、僕にデュオが投げつけてください! あいにく、この制服は厚手なので、ある程度の衝撃なら耐えられると思うんです!」
カトルの真っ直ぐな優しさ、毅然とした姿が、泣けてきそうなほど胸にささる。カトルはどこまでも人のことを守ろうとする。そのためなら自らが進んで過酷なことにあたることもいとわない、その言動は立派でいて、いじらしいものだった。けなげすぎて感動した。
なんて純粋でいて男前な心を持っているのだろう。カトルの魅力はこの可愛さだけではない、ギャップがあるところも含まれているのだろう。いわゆるギャップ萌えだ。
ちなみに『制服』とは、カトルのもふもふの着ぐるみもどきのことである。
「ならーーーーーーんッ!」
今は冷静なはずの熱血マンが、いきなり力の限り叫んだ。
「俺がカトルの代わりになってやる。死にたくなければ、せいぜい身を守るんだな」
デュオが無視すると決めたウーフェイは、そんなデュオの意思など関係なく、殴り込みのような勢いで口を挟んできた。人の言うことを聞かないマイペースな男だ。これはヤギの習性なのであろうか。
先ほど言った心配は杞憂では終わらなかった。
テーブルの上には大量の落花生の入った袋が散乱している。豆まきの開始の合図のように、カトルから落花生の袋を奪いウーフェイは一掴みした落花生を壁に向かって剛速球で放った。まずはウォーミングアップ。ウーフェイの投げつけた落花生は、銃弾のように壁に先端から突き刺さり、見事に壁に穴をうがったのだ。
リビングのほうから、寝室へと貫通し、または突き刺さり。これは、ウーフェイのパワーにだけに目が行きがちになりそうだが、落花生の殻は壁に穴がうがてるほど、破壊点にヒットしない限り強靭なのか。この、ウーフェイ+落花生という組み合わせが、こんな現象を起こしているだけなのか。凄まじいポテンシャルを感じる。メルヘン界のヤギ恐るべし。インパクト大だ。
殺傷能力を持つ落花生ってなんだ……、と呆然とデュオも壁に突き刺さる落花生を見ていた。
落花生をぶつけられたところで、死にゃーしないというデュオの言葉は間違っていたのか。たかが落花生と、あなどっていた……。
お隣さんの壁に迷惑をかけていないことだけが、デュオのほっとしたことだった。
「てめー! こっちとら賃貸なんだ! 家をかわるときに修理代を請求されちまうじゃねーかよ! バカ力の使い道をもっと考えろよっ」
「ならば、カトルを自由の身にしろ!」
「はぁ? なんかオレがカトルのことを荒縄で縛って監禁でもしてるような言い様じゃねーか! それとも手錠の手かせ足かせの拘束具かぁッ!?」
「……は、破廉恥な馬鹿者がッ……。キサマは普通には話せないのか」
デュオのその言い様に、ウーフェイはドン引きだ。完全に不快感で顔が歪んでいる。こんな羞恥心のない、ふしだらな人間がこの世にいる意味がわからない。デュオはこの世界に不必要な人間ではなかろうかとさえ思える。こいつを野放しにしていると、今にこの世界全体がきっと乱れ穢れてしまう。……ウーフェイはそんな不安さえおぼえていた。
カトルと女の子以外にはなんの配慮もなく品性下劣な言葉を遣うデュオ。ちなみに下品な発言をしても、のほほんとしているカトルには意味が伝わらないので、さしたる問題があるわけでもないかもしれないが。
だがもし、偶然デュオなどの声が耳に入り、響きを気に入ったカトルが、意味もわからず恐ろしくエロい言葉を連呼などしだした日には、心中穏やかでいられるわけがないので、そういうことは極力避けたいデュオなのだ。それに、「それはどういう意味ですか?」と、純粋な瞳をしたカトルに、もし尋ねられでもしたら、ヤバすぎる。ソフトにオブラートに包まれた、納得させるだけの説明が思いつかない。
考えなしに発言をしているようにみえて、デュオなりにカトルには配慮していた。カトルの耳は清らかだ。それを穢すという行為はデュオにはできないことだった。
ドン引きし、目の前の世界から遠のいていた意識。朦朧とするウーフェイ。
シャイでも一般的なそれなりの知識は備わっているウーフェイは、やはり、このタワケは許せないと思った。カトルの情操教育的にこいつの傍にいるのは、問題がありそうな気がしてならない。逆にどうすれば、気にせずになどいられるのだろう。
あくまでカトルには破廉恥な言葉を使うことはないようなので、その点は安心したが、ウーフェイから見て、デュオという存在は、『軽薄そうで遠慮のない、下ネタの多いご陽気なオープンスケベ』というものだった。やはり、今のうちに仕留めておくべきかもしれない。
カトルは『滲み出す優しさ』を感じさせる。そんな、穏やかさがあるが。こいつから感じるのは『滲み出すスケベさ』だった。
真剣にそう考えながら、ウーフェイは無意識で力の限りデュオを拳で殴りつけていた。
カトルが喜んでくれて、楽しげに「福はぁ~うちぃ~。鬼はぁ~そとぉ」と言いながら豆まきに夢中になることを想像していた。そんな幸せ妄想の中にあったのは、笑顔、笑顔、笑顔だったはずだ。
それなのに、先程まで追いかけているのは鬼役のデュオのほうだった。
そして、ややこしく登場した、ヤギウーフェイまでもがカトルの代わりを買って出た。
化け物級のパワーを持った、そんな奴とは絶対に豆まきなんてしたくない。デュオじゃなくとも一般人は同じ思いを抱くだろう。
どさくさで殴りつけられたが、死ぬかと思うほどの激しい痛みに襲われた。拳一撃でお花畑を見せることができるとは。そんな恐ろしいやつとは、絶対に関わりたくない。もちろん、遣り合うことになったとしたら、負けるつもりはないが。カトルのことがなければ、一生、顔も合わせることもなかっただろうに。
カトルはテーブルに鎮座している大量の落花生の袋を整理し、ごそごそしていたので、デュオが五飛に容赦なしで殴られるバイオレンスなところは見ていなかったようだ。
もし見ていたら、カトルにはショッキングすぎて気絶していたかもしれない。
もう、ヒイロとトロワとは遭遇したことがあるから、間違いなくこいつは最後のヤギ三人衆の一人、ウーフェイに決まっているとデュオも思っている。どさくさに紛れてデュオは聞き流していたが、すでにカトルも、この先陣をきって現れた堅物鬼将軍のことを、『ウーフェイ』と、そう呼んでいた。
どこでこんなややこしい事態になったのだろう。
イマイチまだ、人に物を投げつけるという行為に気乗りしない様子のカトルに節分をわかって貰わねば。
そう思い、デュオはまた、やはりウーフェイの存在をないものとしようとしながら、カトルを優しく呼び寄せ話しかけた。
デュオが片方の口角を上げた。その顔つきは悪戯で愛嬌がある。デュオの内面のいろいろな部分が醸し出されたかのような、彼独特の魅力的な雰囲気を感じさせる表情だった。
「カトル。おいで」
「あい」
ああ、これだ。素直で本当に可愛らしい。ぽてぽてぽてっと、カトルなりの小走りで、すぐにデュオの傍にやって来た。そしてデュオを見上げてにこりと微笑んだ。
黙っていれば、話しかけるのもはばかれるほどに繊細で美しく。穏やかに微笑まれれば、胸がドキドキと。同時にせつなさで苦しくなるような感覚さえ覚える。カトルと云う存在は、たまらなく愛くるしいものだった。
「あのな、カトル。豆をまくのは、いい風習なんだよ。『節分』っていうんだけどな。邪気払いっつーか。『鬼は外!』って言いながら鬼に豆をぶつけると、一年、悪いことが寄ってこずに穏やかに過ごせるってノリの家内安全みてーな、良い感じのことを言われてんのな。だから、鬼のオレに豆をぶつけないほうが、よくないくらいなんだぜ。鬼役のオレに豆をぶつけたら、いいことがあるからさ。さっぱりな一年なんて過ごしたくないだろ。そいで、たまにでいいから、『福は内!』って言いながら、オレにぶつけないで豆を投げるってことをやってみな。今日、使うのは落花生だけどよ」
大雑把でフランク。柔らかくふわんふわんの解説をする、このデュオの説明があっているのかは微妙だが。このさい、デュオの説明が正解かどうかは置いておくとして、大まかにでもカトルに、フィーリングでどこまで伝わったのだろう。
「……。いいことなのですか?」
「そうそう!」
ただこれだけの説明を怠ったデュオ側に問題があろう。いきなり、嬉しそうな顔でオレに落花生を投げつけてくれ! というものだから、カトルはそれを暴力行為の一種と受けとって、心から思う「イヤです!」という言葉とともに、デュオから受け取った落花生の袋を抱いて部屋中を逃げ廻っていたのだった。
「オレに投げつけてくれ!」と重ねて言っていたデュオは、ある種の変態プレイでもしたいだけの変質者にでも見えたかもしれない。この言葉を聞いたのが、鈍ちんで、アッチのほうのことが欠落しているカトルだけだったことは、デュオにしてみれば幸いだった。もっとも、トレーズには見られていたかもしれないが……。
豆まきをしたあとの片づけが楽だと言う理由と、貧乏性のデュオは、なにより、豆まきを終えたら、殻がついているから落花生なら拾い集めて、中のピーナッツを食べられると考えていた。
もう、カトルが楽しんでくれるなら、部屋が落花生に飲み込まれてもいいと思っていた。
豆まきで疲れるほどにはしゃげるよう、大量に落花生を大人買いしたのに。
本当は恵方巻きも楽しい初体験としてカトルにさせてあげたいのであるが、『ひつじ』に太巻きを食べさせる勇気はなかった。一発目の固形物が巻き寿司、しかも恵方を向いて黙々と一人で一本丸々食べさせるなんてことができようか。
「大好きなデュオに無体なまねはしたくなかったのですが、豆まきというものが、暴力行為ではなく、縁起のいい、ゲン担ぎというのか、おまじないというのか、そういうものだとわかって、よかったです! 安心しました」
「そっかぁ、カトルぅ。説明したかいがあったぜぇ」
デュオは満足しているが、説明をするのが遅すぎだ。
ほっとしているデュオを見つめ、カトルがふわりと微笑んだ。その笑みは慈悲に溢れ、ひたすらに神々しかった。
「痛がっているデュオの姿を見たくなかったので……。そんな光景を見たら、きっと僕まで苦しくなります。……デュオにはいつも、僕も大好きな、お日様みたいな笑顔でいてほしいです! でも、なにか、つらいことがあったときには、僕に話してください。微少なことしかできないかもしれませんが、独りで抱え込まないで欲しいんです。……もしかすると、なにもできないかもしれませんが。デュオの傍にいさせてください。そうして、また、笑顔になりましょ。きっと二人なら、いつでも笑顔でいられると思うんです。つらいことは、僕と半分こさせてください」
「うおおぉぉ……」
地響きような唸り声を洩らす。素直に好意を告げてくれるカトルが可愛すぎて、逆に崩壊しそうなデュオ。初めて書いた拙いラブレターを読み上げるように、想いを告げてくれた。そして、頑なに豆まきを嫌がっていたのが、デュオを想うそういう理由からだったとわかり、感動するばかりだ。カトルからの逆プロポーズなのかと、深読みしてしまいそうだ。
本当に感激しすぎて涙が込み上げてくる。それになにより、まだ自分に涙があることにデュオ自身が驚いた。カトルと出逢わなければ、乾いた心には涙などないままだったろう。心の奥底から笑うという行為も、カトルと出逢って初めてデュオの中に芽生えたものだった。
『男の子』なので、デュオはグッと我慢した。『男の子』は泣かないのだ。
しかし、まだ煩悩には勝てなかった。
我慢していたが、もう、無理だと思い、邪魔者のことを本気で無視し、勢いよく強くカトルをガバッと抱き締めた。
「カトルぅ~!」
「わあぅ!」
不意を突かれ、もしかすると、カトル以上に驚いたウーフェイ。
「な、何をする、不埒者ッ! か、カトルを離せッ! オイッ! 離せと言っているだろァッ! 死にたいのか、キサマはッ!!」
「おめーは、とっとと帰れよッ! カトルぅ~。ありがとなぁ~。最高だぜ~ッ!」
カトルのびっくりした声と一緒に、冷静さを失ったウーフェイに、発言が終わると同時にデュオはなにかで容赦なく殴られた。
「イッテーーッ!」
「キサマ! カトルに手を出すなッ!!」
怒鳴り声がデュオには遠くで聞こえる。そんな騒がしい声は全く意識せず、「およよ」と目をしばたかせているカトルにデュオは力一杯、頬擦りをしていた。
一発目は声を上げたが、それもそのときだけのことだった。『ウーフェイの攻撃』vs『カトルへの煩悩』という構図。
「キサマには痛点がないのか!? なぜ泣き言も言わずにいられるんだ!?」
「おまえの攻撃なんてこれっぽちも痛かねーんだよ。……『男の子』なんでね……」
デュオがにやりと笑う。
一瞬の抱擁で済めば、その一度の攻撃で終わっていたかもしれないのに。ウーフェイに物凄い力で、なにか硬いものを使って連打されるほど、長時間カトルにへばりついていたデュオの、カトルへの愛は本物だと言えよう。ボコボコにされつつ、この勝負、完全に『カトルへの煩悩』の勝利だった。
痛みに勝るカトルの抱き心地。そして、その馨しい香り。肌のやわらかさ。武器による連打を無視できるほど、デュオはカトルに溺れていた。今も脳内になんらかの物質が湧き上がり、それほど痛みを感じていないようだ。
精神と肉体はつながっているというが、愛が深すぎてコワイ。デュオはここまでヤバイ奴だったのか。
ウーフェイは本気で薄気味悪いと思い、ますますドン引きするしかなかった。この男はどこまでウーフェイをドン引きさせ続けるつもりだろう。破壊力のある凄まじいカトルフェチな男であった。
殴れども殴れども、ゾンビのように蘇ってくるデュオを、なんとかカトルから引き離した。デュオから解放されたカトルは、安定感を求めた結果だったようで、なぜか立ち姿が雄々しい仁王立ちになっていた。ある意味とても、カトルらしい……。
「今度はムチじゃなく、棒かよ……なんだよ、いったい。……ボコボコにしやがって……」
こういうときは、自分のマズイ行動は棚上げだ。ちなみにムチはヒイロとトロワの武器だ。ヒイロは短いムチ、トロワは長いムチを装備していた。
やられっぱなしのデュオであるが、カトルの前で、ケンカをしたくなかった。繊細な心をもつカトルには、刺激が強すぎるだろうから。今も本当はカトルがこの場にいなければ、掴み合いの大ゲンカになっていただろう。
カトル自身はわかっていないだろうが、その存在が、もめ事を大きくしないですませる、ストッパーになっていた。さすが憩いのオーラを放つカトル。
引き離されたデュオは、なにげに腰に携えられたウーフェイの武器を見た。
ウーフェイの装備している武器はヌンチャクだった。
ちなみにウーフェイはこのほかに、三節棍や短梢子棍そのほかの武具なども巧みに操る。それぞれの武器を使って、日々の修行にも明け暮れていた。
ただ単純に殴られてもそれは硬い棒だ。
(痛てーに決まってんじゃねーかよ……)
絶望感を持て余すデュオだった。
「キサマ! 命が惜しくはないんだな。望み通り、俺がキサマに引導を渡してやる! キサマのようなふしだらなタワケは、たんなる救いようのないクズだ! この世に別れでも告げておけ! 命はもらったッ! 始末してやるッ!!」
ファイティングポーズである構えをとったウーフェイ。冗談が通じない彼は本気だ。
「わあぁぁ!! ダ、ダメです。ウーフェイ! !ダメだよ。そんなことをしちゃあ!」
カトルは慌てて、ウーフェイに体当たりするようにしがみついた。
「まだ、こんなうつけを庇うのか」
「だって、デュオはなにも悪いことなんてしていません!」
「おまえには自覚がないのか! もしそうだとしても、始末するべき鬼畜だ」
「ウーフェイ、もし、デュオに酷いことをしたら、もう、口をききませんから!」
必死に怒っている表情を作るカトル。しかし、普段がほんわりふかふかな表情が常なので、怒っていることはわかるのだが、ぷーっと、ふくれていても可愛いだけだった。
それに、ウーフェイははじめてこんなことを言うカトルを見て、内心で驚いていた。カトルにとってデュオとは、そこまで守りたい存在なのだろうか。
「カトル、目を覚ませ!」
「わかっていないのはウーフェイのほうです!」
「なんだと。俺が今見たことも、俺の思い込みだとでも言うのかっ!」
「そうじゃなくて。見えていないのはデュオの本質です!」
「本質だと……」
こいつの本質は『滲み出るスケベさ』だけではないというのか。おもわず、ウーフェイは考え込みそうになる。
「ともかく、人がいようが、お構いなしにカトルに襲い掛かるケダモノは、この俺が成敗してくれるッ!」
「ウーフェイ……」
「ん?」
カトルがなにか決心したように、そっと瞳を閉じて、大きく息をついた。ドキドキとしている胸の音まで聞こえてきそうな、緊張した様子。少し長く息をつぐ。祈るように胸の前でそっと両手を重ね、そして潤んだ瞳でウーフェイを悲しげに見つめた。
「…………もし、ひどいことをしたら、……きらいに、なっちゃうよ……」
小首をかしげ本当に涙を零しそうな、か細く悲しい声で言われた。
その悲しみは、デュオがいなくなる悲しさと、ウーフェイを嫌いになるという、カトルからすると、とても難しく悲しいことだったから。きっとウーフェイを嫌うことなどできはしないだろう。それに、こういうことを告げるということ自体が、とても、覚悟と勇気がいることだった。
いっぱいに涙を湛えた、潤んだ瞳で真っ直ぐにウーフェイを見つめてくる。それはウーフェイから見ても、胸が苦しくなるような、表情だった。なんと、いじらしいのであろう。少しの振動で、その涙は流れ落ちそうだ。
そのときデュオは、カトルがけなげすぎて、そして愛を示してくれ、感動のあまり膝から崩れ落ちていた。立ち上がったかと思うと、柱に頭をぶつけていた。デュオは完全に崩壊している。
「わ、わかった。今回だけはカトルに免じて息の根は止めん」
「ありがとうございます!」
喜びで、カトルの表情が澄み渡る空のように輝いた。
「ただし、また、奴がおかしなマネにでたときには、命はないと思え」
「はい! ありがとうございます。ウーフェイ」
喜ぶカトルに抱きつかれ、ひたすら焦るウーフェイ。
なんだかんだと言いながら、ウーフェイもどうやら、カトルに弱いようだ。これはヤギの共通点なのかもしれない。
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2016年2月15日 書き下ろし