【YA・GI 3】二人で楽しく豆まきするぞーっ! (それは彼の希望)~後編~ 気分を変えて。
「その、キサマが言う、豆まきといくぞ!」
「いいことだとわかったので、僕も落花生をまきたいです!」
「おお。おお。よしよし、そうだな、カトル」
デュオが人好きするニッとした笑顔で言うと、信頼に満ちた純粋な瞳が笑顔を作る。たまらなく清らかで清純に見えた。
こんな清楚で可愛い人との豆まきとは幸せだ。豆が当たったぶんだけ、ご利益がありそうな気がしてくる。
この豆まきに紛れ、デュオを始末してもいいかもしれん、と思っているウーフェイ。デュオからすれば、そんなことが許されるわけがないのだが。
もっとも卑怯なことが嫌いなウーフェイは、真っ向勝負を望む。ただ、今は一刻もはやく、破廉恥漢からカトルを取りあげたいという思いで頭の中がいっぱいで、常のウーフェイらしからぬことを考えてしまったのだろう。
我にかえれば、そんな発想をした自分自身が一番驚きそうだ。平常心を忘れ、判断力を欠いていたと。
「では、始めるぞ!」
「え! マジでお前も参加すんのかよッ!?」
(こ、殺される……)
そうならないことを祈るのみのデュオだった。
「悪霊退散ッ!!」
と、なにか間違った部分があるウーフェイの声が響き渡る。
「悪よ去れッ!」
「違いますよ、ウーフェイ。『鬼は外』だよ」
「えぇーい! かまうものか!」
ウーフェイは、全然『ウチ』には豆を投げやがらない。ひたすらデュオに落花生を投げつけてくる。
運動神経もよく身軽なデュオはかなりの確率でウーフェイからの攻撃をかわしていた。そしてそれが、逆にウーフェイの闘争心を刺激しているのだ。
丸腰ではさすがにまずいと思い、デュオは防御用のフライパンを持っていた。
このとき、二人がかりで鬼に落花生をぶつけているように見えて、デュオの注意すべき攻撃は、命の危険があるウーフェイからの落花生だけなのだ。カトルの撒き方は、その心根を映すように「そっと」と言う表現がピタリと合うほどに本当に優しかった。豆まきの様子をみても、可憐と言う言葉はカトルの為にあるように思えた。
ここで、この本物の鬼のように、険しい顔で豆を投げつけてくるウーフェイがいるおかげで、穏やかで無邪気に楽しんでくれるカトルが、いつに増しても天使のようで。こんな状況にも関わらず、ますます心優しい、木漏れ日のように穏やかな癒しをくれる、カトルを好きだとデュオは心から思っていた。
カトルは自分は『天使』などではなく、『ひつじ』だと、言ってきかないが……。その頑固さも、たまらなく可愛いと思えるのだ。
そして、カトルのその声は、川のせせらぎのごとく、心地好く癒されるものだった。
ついでに言うと、ウーフェイに対して、デュオは脱力し、こうツッコまずにはいられなかった。
(天然の鬼面が、鬼のお面に豆を投げつけてどうする……)
デュオの視界にあるのは、天使と鬼の豆まきというレアな絵面だった。カトルの背には羽が。ウーフェイの頭にはツノが見える気がしてならない。金髪碧眼と、混じりけのない黒い髪と瞳。実に対照的な天使と鬼だった。
裏の世界でデュオは『死神』と言われているが、だとすると、これは、天使と鬼と死神がお送りする、最新の豆まきスタイルだったのか。
ちなみに、ウーフェイは艶やかで綺麗な黒髪を後ろでひとつにタイトに纏めていた。デュオは長い三つ編みスタイルだ。この二人の毛量の差がエグイほどすごい。ウーフェイの短くまとめた髪の量の少なさよ。それは儚ささえ感じさせる、ちょろっとさだった。キューティクルは素晴らしいのだが……。それに引き換え、デカすぎるほどのデュオの長い三つ編み。同じ長髪だというのに、これほど差がでるものだろうか。両極にいて、どちらも一般人離れをしている。二人をどうブレンドすれば、ちょうど良くなるのだろう。
豆まきを悪いものではなく、そういう縁起のいい行事だと知って安心したのか、楽しそうにカトルが控えめながら笑っている。それがたまらなく嬉しいデュオ。この笑顔が見たくて、いつもデュオは頑張れるのだ。
「楽しいかぁ? カトル」
「はい! 楽しいです!」
すっかり笑顔のカトル。
しかしこれはウーフェイの落花生の威力を把握していないせいだ。ウーフェイからの落花生が当たったときに盛大に痛がるデュオを見て、撒き手も楽しめるように、デュオがわざとオーバーアクションで周りを楽しませてくれているとカトルは思っている。そう、おどけているのだと。そして、どんなときにも、そんなサービス精神あふれる優しいデュオを、カトルは心から慕っていた。そう思っているから、心から微笑めていたのだ。
命の危険を抱えているデュオを見て。本当にこのひつじっ子の眼は平和なフシアナだった。悲しきかな、デュオはカトルに向ける普段の陽気さ軽さ、優しささえも、すべてがアダとなっていた。
「デュオー!」
穏やかでにこやかなカトルのエンジェルボイスに誘われて、
「おお! カトルぅ、なんだぁ?」
なんて、浮かれて振り向いてしまったものだから、ここぞとばかりにウーフェイに落花生を、被っているお面向かって集中砲火された。
デュオにとって悪夢のような豆まき大会が終わったのは、カトルがデュオを追いかけている途中だった。
千鳥足のようにふにゃふにゃ歩いていると思っていたら、突然ゼンマイの切れた人形のように、ゆる~りとカトルが倒れた。心配には及ばない。ただの爆睡だ。
倒れる途中でデュオが慌ててカトルを受け止めた。
一瞬で深い眠りの世界へダイブした、そんな様子を見て、そっとカトルを抱き、デュオがベッドに連れていこうとすると。ヤギウーフェイが、
「カトルに触るな不届き者! この破廉恥なケダモノめっ! カトルにタワケがうつる」
と、言うなり、奪うようにデュオからカトルを取り上げ、自分がお姫様抱っこして、カトルをベッドまで運んだのだった。
それにしても、今のタイトな発言のあいだに、よくも、まあ、あれだけの罵詈雑言を詰め込めたものだ。デュオはボロクソに、いろいろ言われすぎて、もう半分も聞いていない。ウーフェイという奴はこういう話し方しかできない奴なんだと思うことで、途端に腹立たしい感覚も鈍くなってきていた。
怒ることは後回しにして、デュオはカトルをそっと抱くウーフェイの様子を興味深く見ていた。
そして「なんだ、カトルが寝てたらそんなこともできるんじゃねーか」と率直な感想を抱いていた。
カトルとこんなにも二人きりでいて、手を出さない自分は、まだ不届きな不埒者なのか。おまけにケダモノ呼ばわり。ついでに破廉恥にタワケとは。変質者、うつけ、クズとまで言いたい放題だが、もっとあった気もするが、いろいろ言われすぎて覚えていられない。
臆せずに言えば、ド変態、スケベの権化のような言われよう。少しは煩悩を押えつけていることを褒めてくれと思ってならないデュオなのだが、ヤギたちには敵視されているので、それは仕方のないことかとも思った。恋敵とは馴れ合うつもりはない。
「俺はキサマのことなど、認めんからな」
なにせ、この不器用でいて熱すぎる男も、ヒイロやトロワと同じく、カトルを想っているのだろうから。
そしてデュオにとってラッキーなことに、豆まきのあいだにデュオを絶命させてもいいという、ウーフェイらしからぬ密かな計画は失敗に終わったようだった。
無言のウーフェイに、デュオはいきなり肩を掴まれると、ゴズッ! と、鈍く激しいぶつかり音がした。強烈な頭突きをお見舞いされたのだ。その勢いは頭蓋骨が木端微塵になっていてもおかしくなさそうな、振動をともなった破壊力のありすぎるものだった。柱と比べてみても痛みは雲泥の差だ。
「ぅごッ!? つぅー……」
痛みに声もでないデュオ。
なんなんだ、この石頭は。いや、この主張の激しいデコっぷりは。攻撃力が高すぎる。
「万が一でもカトルの睡眠を妨げることはできない。百発殴ることは今回は止めておいてやる」
ウーフェイはやはり、本気で百発殴る気でいたようだ。カトルの存在に助けられたデュオだった。
ともかく痛さで額が燃えるように熱い。頭突きをいれられた場所をとにかく一刻も早くデュオは冷やしたかった。
最後に一粒の落花生を粉々に握り潰し、デュオの胸倉をつかむと、ウーフェイはグッと距離をつめた。
「もし、カトルになにか手出しをした日には、命はないものだと思え。キサマを始末する……」
冷淡に押し殺した声。
ここに居る間、常に怒鳴ってばかりの熱血漢ウーフェイが、声を静かに押し殺し言った。そのことによって、その言葉に真実が宿り、嘘偽りないものだということが、嫌と言うほど伝わってきた。殺気は全てデュオへと向かっていた。
「そんなヘマはしねーよ。ご忠告ありがとよ」
腹の座っているデュオは軽く返した。
落花生が粉々になったことは特に大したことでもないのだが、これが落花生ではなく胡桃でやっていても、岩でも鉄球でも、なんでも、粉砕していただろうことが想像できたので、恐ろしいものを感じたのだ。
ヤギは別れ際に人を恐がらせる特殊訓練でもおこなっているのだろか。どいつもこいつも、いつも去り際が恐すぎる。
カトルは偶然にひょっこりタイミングよく起きると、照れまくるウーフェイに寝ぼけながら強引にハグをして、それから安心したように、再び、ぐんにゃりと眠りについた。それは数秒の出来事だった。
メルヘン界に戻るべく、今度は寝室からリビングに続くドアを開けて、ウーフェイは顔から火の出でそうな、真っ赤な顔と耳をしたまま帰っていった。そして、カトルは再び深い深い眠りの底へと……。
「オレって、すっげー、かわいそーー!」
思わず、そう、こぼしていた。
それでも、デュオのカトルに対する気持ちは深まるばかりだ。
「なんで、あんな鬼みてーなやつと豆まきなんかしなきゃなんねーんだよ。オレはカトルと二人で楽しい時間を過ごしたかっただけなのによー……。おまけに棒っきれで、しこたま人のこと殴りやがって。殴打だぜ。殴打! 痛てーんだよ! ああぁ、今になって、猛烈に痛くなってきた」
ヌンチャクと威勢のいい和太鼓の存在がデュオの中で重なった。
「オレは巨大太鼓じゃねーだろうが! ドンドコドンドコ連打しやがって。絶対痣になってるに決まってんだ。撲殺してもいいと思ってやがったのかアイツ。拳や頭突きでもめちゃくちゃ痛てーのによー。カトルが楽しんでくれてなかったら、豆まきも単なる地獄絵図だったじゃねーかよ」
どうも、納得できないデュオだった。
眼を閉じていると、カトルの美しさは際立つよう。それは綺麗なお人形さんのようだった。ほんのりピンクに色づいた頬や、色濃く染まる桃色の唇。その肌は雪の白。ついつい見とれてしまう。穢れを感じさせない清らかさをしていた。
「……やっぱ、綺麗だよなぁ」
いつも見ていても、自然と寝顔を見つめ、幸せを感じながら改めて呟いてしまう。思わず、溜め息が洩れる。カトルからは触れることさえはばかられるような気品が漂っていた。
見ているだけで、幸福感でいっぱいになる。鼻の下をのばすかわりに、満足気にデュオはにったりと悪戯っ子のような笑顔になっていた。
もちろん、可愛さも健在なのだが、静かに眠っているときは、起きているときによく見る愛らしいカトルとは少し雰囲気が異なっていた。瞳を閉じた状態で静かに黙っていれば、可愛さばかりではなく、同様に、高貴さや麗しさもグンと強調され、侵し難い存在に感じられる。美しさは神秘的で浮世離れしており、自然とそのピュアな存在に惹きつけられてしまう。あまりにも清らかだった。
長い睫毛を見る。どうしてこんなにも、瞳を閉じたカトルも澄むように綺麗なのだろうか。心を全て奪われてしまいそうだ。……すでに、デュオは全て持っていかれ済みだったが。
カトルの眠るベッドの端に腰かけ、やわらかな、光を集めたような白金の髪と覗いたおでこを、そっと撫でた。
そして、女性垂涎の的のカトルのお肌のつるつるさがわかりやすい、やわらかな頬を指先でちょいちょいと押してみる。この弾力も好きだ。
軽く。ほんの軽く、カトルの頬にデュオは口づけた。カトルの頬の肌は、瑞々しい張りと同時に、ほわほわの感覚がたまらなくやわらかで、気持ちがいい。ついでにこの際なので、目尻の辺りにも……。
いつか、カトルと恋仲になることを信じ、デュオは、
「いくら、凶暴なヤギが来ようと、絶対に譲らねェ! カトルーー! 好きだーーーーッ!!」
そう叫んだ。
眠りの深いカトルには聞こえないとわかっていたが、それがデュオの決心とカトルへの愛だった。
「…………僕も……だい、好き、です……デュオ。……うれ……しい、です。……とって、も……」
「えっ!?」
普通なら眠っていると聞こえるはずもないカトルが、むにゅむにゅと、そう呟いた。
「カトル!? 起きてるのかよ? おい、カトル!」
声を掛けてみたが、いつものように天使のような清らかで穏やかな寝顔があるだけだ。
もう、ウーフェイの生身での攻撃や、ヌンチャクなどで殴れても、ヒイロやトロワにムチで死ぬほど叩かれまくっても、決して後には引かないと、デュオはさらに強く決心していた。
デュオは暴力などに屈しない。ヤギが強烈な人外すぎるせいで霞んでいるが、デュオも相当にケンカがウマイ。負ける気なんて一切なかった。
ヤバイとすると、三対一になったときだろう。さすがにあいつら三人と同時で遣り合うのは厳しい。しかし、カトルから聞いている話や実際に会ってみた態度などから想像すると、どうもヤギたちは群れることは嫌いのようで、もし、三人揃ったときにバトルになっても、一人ずつタイマン勝負をする道を選びそうだ。一対一なら、勝機は十分にある。それぞれと一本勝負をしたなら、体力の問題になりそうだが。相手は三人。こちらはデュオ一人だけなのだから。
ヤギウーフェイは切れ長の意思の強さを感じさせる瞳を持った男前だったろう。今回は終始怒っていたために、その綺麗なパーツのインパクトを消し去るくらい、暴力的で怒り顔の、ただの険しすぎるビジュアルをしたチョロ毛のデコっぱちになっていた。印象に残ったのは、戦闘能力の高い、鬼神面のデコ助なところぐらいのものである。
かえってデュオは闘志を燃やしていた。ヤギたちには残念なことに退くどころか、デュオにますますのやる気を与えてしまったようだ。これぞ不屈の闘志。
少なくとも、眠りの中にいても、カトルはデュオを好きだと言ってくれた。もしかすると、夢にデュオが出てきていたのかもしれない。もう、その妄想だけで、デュオは天国気分だ。
願いが成就し、恋をして、それをあたため、カトルのスピードに合わせてでいいので、ゆっくりと成熟された愛を育みたいと、ますます心が躍るデュオだった。
ちなみにデュオは頻繁にカトルの夢を見ている。そしてそこでは、現実ではまだまだほど遠いイ~イ仲になっていた。デュオの性格を加味して、煩悩全開の深読みしてくれて調度いいくらいの深い仲だ。
夢とはときにどんなハチャメチャなシチュエーションでさえも、可能としてくれる。本当に他人(ひと)には見せられないようなドリームが叶う世界だった。
逆にモチベーションを上げてしまったと知っていたなら、ウーフェイはデュオをこの場で、とどめを刺していた可能性は大きい。デュオを始末し、終止符をうつことが出来なかったことは、ウーフェイにとっては後悔の残る不覚。
ラッキーなことに、カオスにごちゃごちゃしつつ、話が進んだおかげでデュオはウーフェイに百発殴られることはなかった。ヌンチャクでは数えきれないほど殴られたが。デュオは、まずは、命あることに乾杯するべきかもしれない……。
それにしても、この部屋が落花生だらけになったが、これだけの数を食べ尽くすのには、どのくらいの日数が必要なのだろうか。
カトルにも食べさせてみようかなぁと、一瞬、魔が差し脳裏をよぎったが、「ダメだ! ダメだ!」と、即そんなデンジャラスな提案は自身により却下された。
その後しばらく、毎日、モリモリとピーナッツを食べるデュオの姿があった。
■FIN■
2016年2月15日 書き下ろし