*Sleeping Beauty* 昔は栄えていたそうだ。今はすっかり山深い森に覆われた、荘厳な城があった。
一番近くの街でデュオは噂を聞いた。そこには魔女に呪いをかけられた美女が二百年の眠りについているという。
その美女とは城の姫であり、その姫君が眠りにつくと同時に城も時を止めたそうだ。
姫を救うため城に入ろうと侵入を試みた者も数多くいたが、絡み合った茨に阻まれ、突破出来ずに皆命を落した。
そうして、忌まわしい力に飲み込まれた城は恐れられ、人もよりつかぬまま永く永くの時を経て、今はおとぎ話発生の土地になってしまっていた。
酒場で食事を摂っていたときに、交わされていたそんな噂を聞いたデュオは、トレジャーハンターの血が騒いだ。城には姫君とともに、財宝が眠っているかもしれない。もう同業や盗賊に先を越されたかもしれないが、行ってみるのも悪くは無いと思った。
◇ ◇ ◇
「なんだぁー、ここはァーーーー?」
今日、数回目のデュオの叫びだった。
やって来た城は城郭から既に、太く硬い灰色の茨が幾重にも絡みついていた。壁という壁を伝い、全ての扉を施錠するようにのびている。そこは、茨で覆われた要塞と化していたのだ。
「こりゃあ確かに、死ぬか逃げるかだ……」
城の門扉を見ただけで、うんざりしたデュオだったが、手ぶらで帰るのも癪にさわり、とりあえず手近の茨をナイフで切り落とし始めた。
並外れたバカ力が、これほど役に立つことは無いと思う。普通の力では男でも歯が立たないであろう。茨一本一本が巨木のように生い茂っていた。だからこの城は外界からの侵入を許さなかったのだ。門をまず入って茨をなぎ払いながら、力ずくで先に進むと建物の入り口へと辿り着いた。
中へと入り、デュオが城の財宝を戴くということから目的を変えたのは、ひとつの肖像画を見たからだった。
古めかしく色褪せた絵だったが、そこには一人の美しい人物が描かれていた。
「美化二百四十%だったとしても、はなまるに可愛い」
勘が告げた。この人物こそが呪いにかけられた姫君に違いないと。
そう嗅ぎ取ったら、財宝よりも、そっちのお姫様のほうが気になった。
帰りにこの肖像画は戴いて行こうと心に決めて、デュオは財宝そっちのけで、お姫様探しへと目的をシフトチェンジしていた。
◇ ◇ ◇
偉い奴は高いところが好きというセオリーにのっとり、デュオは要塞のように入り組んだ城を上へ上へと突き進んだ。
「だから、なんなんだ、ここはーッ!」
上に行くにしたがい茨の量が増していっていたのだ。階段を上り、扉をこじ開けると、一段と不気味さを増した空間が広がるということを、繰り返していた。
早朝に城郭に入ったのが幸いだった。まだ、陽は頭上に上がったばかりのはずだ。体力には自信があるデュオである。一気に最上階へと上り詰めた。
額に浮かぶ汗をデュオは焼けた男らしい腕で拭う。胸のほうに垂れてきていた、ひとつにまとめた長い三つ編みを背中のほうへと跳ね退けた。
同時に絡みつく茨を切り落とした。
扉を開いた。
「なッ!」
一瞬デュオが驚きの声を上げたほど、茨の量はおびただしいものだった。それが、ここが自分の目指すゴールではないかと思わせた。
大きく扉を開くと部屋の中央に天蓋つきのベッドがあった。幾重にも茨がそのベッドを取り囲んでいる。その姿は圧巻で、茨で出来た城砦のように思えた。
「気持ちワリー……。でも、やり~」
ここが一番あやしいですと、
「主張しすぎだろーッ!」
茶目っ気があるので三枚目だが、誰も入ることさえかなわなかった城の最高峰へと上り詰めるという、偉業をデュオは達成したのだ。
誰も破れなかった鉄壁の要塞を陥落させるとき。デュオの口許が笑みの形を作り、片方の口角をクイッと上へと上げた。
大きく腕を振り下ろし、最後の茨を切り裂いた先に。――人影が見えた。
「チェックメイト!」
デュオの顔に、不敵にも見える笑みが広がった。
手袋をつけた手でギシギシと茨を押し退け、ベッドに横たわる人物へと近付く。
モノクロームの色彩の中で静かに眠る人物。
デュオはその顔を覗き込み感嘆の声を上げた。
「見たこともないような、スッゲー、カワイコちゃんだ……」
その人は白で出来ていた。
瞳を閉じていても、とてつもなく美しい人物だとわかった。閉ざされた瞼が開けば、あの肖像画の人物になるのだろうか。
「なあ、目ぇ覚ましてくれよ」
手袋を取り、デュオは優しく頬に触れた。
氷のように冷たい膚。
「なんか、かわいそー……」
その冷たさに、凍えているようで。
「起きてくれよ、カワイコちゃん。せっかく逢ったんだ。アンタの声、聴かせてくれよ」
デュオはそっと近付くと、その人の唇に口付けるため、距離をつめた。
「なあ、オレの名前、呼んで。その唇で……」
冷気さへ漂う美貌に、デュオは唇を触れ合わせた。
変化がおとずれたのはすぐだった。
灰色に染まっていた空間に色が灯ったのだ。
デュオが触れた唇から目覚ましい変化が起きた。グレーに染まっていた世界が色をつけ、眠っている人物を中心に鮮やかな色彩が拡がってゆく。目の前の人物の唇が薄桃色をつけ、頬が上気したようにバラ色に染まった。
樹の幹のように太い灰色の茨が、ぱらぱと形を失うと瞬時に四散し。ウソのようにその場で空気に溶け、茨が跡形も残さずに消えていく。姫と共に眠っていた城を覆う森が眼を覚ましだしたのだ。
「ん……」
高い声が姫の唇から零れた。
「お、起きるのか」
今にも瞳を開こうと、震える睫毛にデュオの視線は釘付けになる。
白金のショートヘアーが金糸のようにベッドに広がり、身じろぎと共に窓から入る光を弾く。
起きてくれと、デュオが祈るように思ったのが通じたように、瞳がゆっくりと開いてゆく。零れそうに大きな瞳は碧い虹彩で占められていた。色褪せた肖像画よりも何倍も美しいとデュオは思った。
視線が定まらぬ姫君の肩にデュオは手を置いた。
自分を見つめてほしくて。
その瞳に自分を映しこんでほしい。
「ん、んん……」
姫様は目をギュッと閉じ、ふるふると首を振った後、デュオのほうを見た。
「……あ、あなたは?」
「オレはデュオってんだ。アンタを助けに来た」
最初の目的は財宝探しだったということを、デュオ自身忘却している。
「僕を?」
「呪いにかけられて、眠ってたってのはわかってるのか?」
「はい。あなたが助けてくれたんですか」
「そう、たった今ね」
「ありがとうございます」
姫ははにかむように笑って、デュオにむかって小首を傾げた。
その姿が殺人的に可愛く、デュオはもんどりうちそうになった。
しかし、少し遣り取りする中で、デュオにはどうしても気になることがあった。
今の自称もそうだ。可愛い声で姫君はなんと言ったのか?
「質問してもいい?」
「はい、僕に答えられることでしたら」
「あっそ」
これだけの大きな城の姫様なのに、気取ったところがなく気持ちがいい。
「名前は?」
「カトル・ラバーバ・ウィナーと申します」
「カトルって呼び捨てで呼んでもいい?」
「はい。どうぞ」
やっぱり、気さくなお姫様だ。何処の馬の骨とも知れない男相手に。
「こんなんでいいのか……」
「はい? なにがですか?」
「下賤の者がー! とか、そういうのって、カトルにはないわけ?」
「え? あなた相手にですか?」
「そう」
「だって、僕を助けてくださったんでしょ。でしたら恩人です!」
「恩人じゃなくても、呼び捨て許しそうだけどカトルって」
くすくすくすっと、カトルは愛らしい笑い声をもらした。
「楽しいかたですね」
「楽しいか?」
「はい!」
「まあ、いっか。笑い者にしてるんじゃなくってカトルは楽しんでくれてるんだよな。オレとの会話。ちゃんと、デュオって呼んでくれよカトル。《さん》付けなしでな。わかった?」
こくんとカトルは頷いた。満面の笑顔だ。咲いた花より鮮やかだと思う。
「でさぁ。ちょっと心配なんだけど、これからは、名前を聞かれてもフルネームでは答えないほうがいいと思うぞ」
「え? どうしてですか?」
「言霊を使う呪術はフルネームを使うんだ。うっかり名前を教えた相手が呪いをかけようともくろんでたら、一発でアウトだろ」
「なるほど。わかりました。ご親切にありがとうございます! ……でも、最後にあなたに名前を知って戴くことができて、よかったです」
「どうしてだ?」
「とても素敵で、魅力的なかただからです」
「お……お、お……」
他意はないのか、人懐っこい笑顔を浮かべるカトル。しかし、もしかすると、これは脈ありということかもしれない。俄然、デュオはガッツを燃やした。内心で拳を握って力強く振り下ろす。今はまだ、カッコをつけて、動揺を押し隠すことにした。
「で、本題なんだけど。今、いくつ?」
「十六になります」
「そう。オレと同じ歳かぁー。それじゃあ、十六歳を過ぎるまで女児は男の格好をして過ごすってとかっていうシキタリがあったりする?」
きょとんとした顔をしたあと、その顔も猛烈に可愛いと思うデュオの目の前で、それは、いぶかしい表情へと変わった。
指す意味をカトルは理解して。
「僕は男です!」
愛くるしいと言えるボーイソプラノがキッパリと言い放った。
「説得力ねぇ~」
むっとしたカトルが、ぷくっと頬を膨らませる。
「あった、あった! 説得力があるかもしんないところが。すッげーーーーーー、ぺちゃぱい……」
「ッ!」
指差して、イッシッシと笑ったデュオ。
カトルは肩を竦めると、反射的に両腕で胸部をガードした。
「でも、すっげー可愛い、究極のぺちゃぱいだからいいと思うぞ」
「ペ、ぺちゃ、って。僕は男ですから当たり前です!」
「形の悪いボインより、愛らしいぺたちちのほうがいいって」
ボイン好きのデュオが言うのだから、そうなのだろうか。
「デュオぉッ!」
「お!」
身震いがした。カトルに名前を呼ばれただけで、デュオは総毛立つほどゾクゾクした。
「やっべぇー……。そ、その舌足らずは、ヤバイ」
王子様ルックのカトルをマジマジと見る。
革靴に白タイツに半ズボン。小さなマントをつけて、なんのコスプレだとデュオは思うのだが。いくらカトルが男であると主張しても、線の細さが目に付く。
意味のわからない女の子を、どうこうするのは趣味じゃない。オトナの女が好きだ。だが、カトルが本当に男の子ならどうなのだろう。そっちの趣味は皆無のデュオであるのだが。女なら処女消失だが、男の子ならその心配は無い。カトルなら、永遠の処女って感じだと思った。
手を出してみて、お子ちゃま女子だったら、即、やめればいいのである。
幸いデュオは女には不自由していなかった。
飢えていないからやめられる。
「わっかんねーなぁー」
「わからないって」
「カトルが男かどうか、見てくれじゃわかんないって言ってんの」
「見た目じゃわからいないっていうんですか!」
「おー! わかんねー! さっぱり、わかんねーなぁ~」
「さ、さっぱりって!」
デュオはカトルを挑発しているのだ。
「お調べしてみないとわからないなぁ」
「お調べって?」
「オレ様が身体検査をしてやるよ」
ニッと笑ったデュオの顔が陽気な悪魔のように見えたのは、カトル以外の者だったらしい。
◇ ◇ ◇
カトルの頤を掴むと、小さく控えめな唇に指先で触れた。
(やっわらけー)
感動に値する質感をしていた。
先ほど軽く触れたときは、体温も感じられず、まるで、凍えた人形に触れたような感じであった。それでも、気持ちの好い弾力だと思ったが、こうして人肌の温もりを感じながらの触感は格別のものがある。
ちょんちょんと唇を突くと、カトルがその指先の動きを追って寄り眼になった。
「なんの検査ですか?」
「やわらかさ」
「はい?」
「やッぱ、男にしては、やわらかすぎるわー」
「そ、そんな事ありません!」
カトルが唇に力をこめ、尖らすようにするのを見て、
「それって、キスしての唇じゃん」
項垂れて、デュオは口の中で呟いた。
即行でいただけないことに、イライラしてきた。
なんだか、カトル相手では身がもたない気がして、デュオはスピードアップをはかることにした。
「カトル、ちょこっとでもいいから、お口、あーんして」
「え?」
「あ~ん」
「ええ?」
秘めやかな唇がほんの少し開くと。そこへデュオの指先が侵入しようとした。
「ちょっと、なにをしようとしてるんですかー!」
ぺしっとカトルがデュオの手をはたいた。
「あっれー? カトルしらね―の。性別で口内の温度が違うって。先生に習わなかったぁ?」
「へ?」
「知らなくてもいいよ。指診より、いい診察方法もあるんだぜ」
いたずらな笑顔でウインクして、デュオはカトルの唇を奪った。
「ぅ、んンっ!」
マシュマロよりやわらかな口唇の感触を直接唇で感じると、本当に食べてしまいたくなる。もがきだしたカトルを手なづけるように押さえ込み、デュオはその熱い口内を奔放に荒らしだした。
「ンッ」
腕だけでなく、脚を曲げて追い払おうとするカトルの必死さが逆にデュオには可愛く思える。
キスの返し方がまるでなってない。それ以前に口付けの受け方が、てんでダメだった。ファーストキスに違いないのだ。
わかっている。本当にカトルは男の子だ。噂でお姫様になっていたが、二百年も前の話だから、真実とぶれても起こり得ることだろう。めちゃくちゃ可愛いが、カトルは嘘をついてはいない。そう、デュオは確信して胸が躍ってしかたなかった。初恋なんか、憶えていないが、それよりもドキドキとしているに違いない。
手だけではなく足蹴にしようともがきながらの相手にキスという、とんでもない姿勢での行為であるが。ものともしないデュオは、カトルに迷惑な、つまなくていい経験も余計なほどにつんでいる。
舌を絡めようと口内を追いつめ、その表面を舌先で撫でると、ビクッとカトルが躰ごと怯えた。
少しの空間が出来ると、カトルが声を洩らした。
「やぁッ」
息継ぎの時間だけを与えるのはデュオなりの不慣れなカトルに対する配慮だ。
なんだか、窒息死してしまいそうだから。
カトルは鼻でも息を吸えるということを、忘却してしまっているとデュオは思った。
なぜだか、そんなところも、たまらなく可愛いと思う。キスに愛情をこめるなんて初めてだ。もっとも、抗われながらではあるのだが。抵抗されるのが愉しいと思うのももちろん初めてだ。普通は面倒臭いはずなのに、もっと、いろんな表情が見たいと思う。
デュオは深くカトルを求め、舌を強引に絡めとった。
抵抗の度合いからいって、今、自分はカトルからすると、人食い蛭かなんかと大差ないのだろう。もしかすると、もっとタチが悪いものなのかもしれないと、デュオは自覚している。
熱いカトルの口腔を思うがままにイタズラする。カトルが口内にたまる二人の混じり合った唾液を口端から伝わせるのを感じ、デュオはわざと音を立て大きく舌を動かし、それを舐めとった。
「ぁンっ……ふ」
突然の行為に驚いたカトルは、デュオの真意がわからなくて、心臓が潰れそうなほど大きな音で鳴るくらいに怖いと思っていた。デュオの舌が口内でうごめくたびに頭の芯からしびれが走る気がする。
「やめっ」
口腔にたまる唾液で溺れそうになるとカトルは思うのだが、それを飲み下すという、発想が生まれない。生まれないが息をしようともがくと、喉の奥まで唾液は流れ込む。むせる寸前でカトルは、隠れるような気持ちで喉を鳴らした。
それが、はしたないことのように感じ、カトルの涙腺はいうことをきかなくなった。恥じらいで染まるピンクの頬に涙が伝いそうになる。
鼻を鳴らしだしたカトルの異変に気付くとデュオは、やっと、カトルの唇を解放した。
「ふ、くぅ」
強く瞼を閉じた後、カトルが涙で潤む瞳でデュオを非難の意味を込めて見つめた。
悪いことをしたと思うべきシーンかも知れないが、デュオの悪い心は俄然、ますます、やる気をみなぎらせた。半べそまで可愛いカトルが悪いと簡単に思えるデュオが悪いのか、思わせるカトルに責任があるのか。カトルからすれば、不可抗力であろうが。
震える唇でカトルがなにか言おうとしている。
「……な、な」
「なにをするんですか。とか、なんですか一体とか、言いたいわけ?」
こくんとカトルが頷いた。
「口診って言うの。知らない?」
すん、と、カトルが鼻を鳴らして、きょとんとした表情で、ちょこんと首をかしげた。
「手で調べるのが指診で、口で調べるのが口診。わかった?」
にっこりと笑うデュオだが、真っ赤な嘘だ。
それに、わかったところで、誰が許可したというのだろう。
「カトルは二百年間寝てたっていうだろ。その間に医療も進歩して、今の世じゃ、頭のいいイイオトコはこれが得意なんだよ。特にオレは指診も両方大得意。そうだ。ついでに、もっと詳しく健康診断でもしとこうか。どっか、悪いとこでもあるといけねーし」
ぶんぶんぶんと、カトルが首を横に振った。
「もう、もう、いいです!」
これ以上、怖いのは嫌だとカトルは思った。
「ただで健康診断と性別判定してもらえるなんて、そうない機会だぞ。遠慮すんなって」
性別うんぬんは大きなお世話だろう。
「僕が男だってわかっていただけたなら、もう、結構です」
「わかんねーんだって。お。唇が濡れてるよ」
口付けの余韻で濡れ光る唇。デュオはカトルの顎を掬うと、上向かせ、ちゅいっと可愛い音を出して口付けた。
「なッ! や、やめてくださいッ!」
どうやら今のはキスだと思ったようだ。
「ひどぃ。ひど……」
どうやら、ファーストキスを奪われたショックは相当なものらしい。カトルは涙目で同じ言葉を繰り返している。
必死の形相で手の甲で唇をぐいぐい拭いながら、デュオを批難するカトルの態度はおかしいと思う。今更なんだ。で、ある。が、どうやら、カトルにとってのキスは唇を触れ合わせるだけのものらしい。深いキスという項目が頭にないから、デュオが「口診」と言い切ってしまった行為はそういうことなのかで、丸め込むことに成功していたらしい。無知とは恐ろしい。これで、よく操が護れてきたと思ったデュオだが、王家の嫡男に手を出す、いらぬ方向に勇敢な奴もそうはいまい。
「そう。じゃーカトルは、一生オレの中で女の子のまんまだ」
「え!」
それもひどいと言う顔でカトルが眉を吊り上げた。見かけと違い、余程、男の子意識の強い少年なのだろう。本人からすれば、その可憐な容姿がコンプレックスになっているのかもしれない。見た目がそうなのかでは、あきらめないらしい。そんな、あきらめない負けん気のような性分が、深みにはまる要因になるとは。デュオが上手いだけなのかなんなのか。往生際が悪いことがデュオの手ひらの上に乗ることになるのだ。
「お調べを拒否してそんな主張を通そうだなんて、勝手な話しだなぁ。そんなんで誰が信用するんだよ」
「うっ」
「ウソつき」
横目でカトルを流し見て、デュオが小さく言った。
「実証して見せますッ!」
僕は権力にじゃ屈しません! という、勢いでカトルは言い放った。負けませんよ! という、気位で臨んでいるカトルだが、そもそも、なにをムキになることのなる必要があるのか。カトルにとっての得は、なにもないではないか。
しかし、カトルは決戦に臨むように、昂揚しきっていた。この可愛いがなんとも素直で面白い人は、完全にデュオのペースに乗せられている。
デュオはこっそり舌を出して、オレの勝ちだとほくそ笑んだ。
まずデュオの大きな手が触れてきたのは、丸みの残るやわらかな頬。不安げなカトルの瞳が揺れていた。
笑みの形に引かれたデュオの口許を緊張した面持ちでカトルは見つめながら、さわさわと触れてくる手のやさしい動きに、なぜだかためらいを感じていた。
ただ、頬を撫でられているだけなのに、躰の芯がゾクゾクするのだ。
だんだんと躰が萎縮し、身を小さくして身構えてしまう。
「……可愛いなぁ」
「か、かわいくなんて、ありません」
褒めると噛み付いてくる。こういうところも、デュオには面白いと思わせた。いじめがいがありそうだ。デュオの中で眠れる獅子ならぬ、いじめっ子がにょきっと顔を出した。
「なんか、ダメだと思ったら、暴れていいから」
「ぅひ!?」
痛い検証でもあるのかと、カトルはひるんだ。
そんな、カトルの様子に気づきながらも、デュオは手を動かしだした。
頬のラインと首筋を撫でるように、広げた手を肌の上を滑らせる。
「ひゃッ!」
カトルが竦みあがった。
「くすぐったい?」
笑いながらデュオは、やわらかなカトルの耳たぶにふにふにと触れた。
「や、ゃめて、くだ、さぃ」
カトルはデュオの手の動きを止めるように、触れてくるほうの肩を竦ませ、首をかしげた。デュオの動きの邪魔をしようとしているのだ。
なんだか気持ちがいいと思うデュオが、やめるわけがない。
完全に萎縮しているカトルに近付き、その耳元に静かに話しかけた。
「やめるってことは、別のことをするってことになるんだけど」
「え?」
「たとえば、こういうこと」
手のひらが首筋を下へとたどり、開いた空間のようになった耳たぶを、近付いたデュオが唇で咬んだ。
「やぅっ!」
ひくっと震えるカトルは、振り払おうと、その身体を押したが、デュオの動きを止めることは出来ない。
「や、やめっ、て」
実に愉しそうに、カトルの肌にかぷっと歯を立ててデュオは言った。
「あんま、イヤイヤしてると、歯形だらけにしちまうぞ」
「ンんっ。ど、どうして」
「なにぃ?」
「どうして、かむんですかぁ?」
「歯も口の一部だろうが。口を使うから口診! だから、歯も使って当然なの!」
「とうぜんン?」
「触感も大切なんだよ。カトルちゃん」
「女の子じゃ、ありませんってばー!」
「ピロートークばっかしてっと、余計に、すすまねーなぁー」
「なんですかそれ?」
「今度、教えてやるよ」
カトルの唇を指で押して、デュオはウインクして見せると、魅力的に映るデュオの仕種に、なんだかカトルは、赤くなってしまった。
紅潮しながらも、なんのトークだと頭を悩ませている最中、デュオはカトルの上着の一番上のボタンをひとつ外した。なでなでと現れた白い柔肌を味わうように、触れる。すぐにカトルの肌がぞわりと粟だった。
「きゃぅッ!」
その肌の心地好い感触も、デュオの行動をエスカレートさせる、起爆剤にしか過ぎなかった。
気持ちいいけど、もっと一気に気持ちいいものに触れたくなって。サッシュベルトも緩めずに、そこから引き抜くようにデュオはカトルの上着をショートパンツから引っ張り出した。大きな手のひらで肌を這い上がりながら、布地も上部にたくし上げてしまう。
「きゃっ、ちょっ!」
心地好くご機嫌で雪肌を滑走するさい、過ぎる肋骨のおうとつの感触は感じたが、よく知るものの感触がわからなかった。
「ないわきゃないよな」
カトルには無いのか、と思ったのは、胸の飾りのことであった。
肌を滑らせたときに、引っ掛かるものがなかったのだ。
カトルの首筋にチロチロと舌先でいたずらを仕掛けて、殴られていたデュオが首をひねる。ちなみに、カトルからの懸命な攻撃なんて関係なしだ。
顔を上げると、本来なら服の下に隠されるべき、まぶしいほど綺麗な白い肌の表面を見た。
桜の花びらほどの色味をつけているだけの、小さな印を胸に見つけることが出来た。可憐なぺちゃぱい様だ。
デュオが人生で見た中で、ずば抜けて色素が薄くて小さかった。
存在感皆無と思わせてもいいほどの淡い色彩は、カトルのミルク色の肌に上で初めて意味をなすと思えた。カトルほど色が抜けるように白くなければ、どこにあるのかわからないだろう。
乳輪の中心の蕾は固く膨らんでもいない。なのに、人生初のものは人生至上もっともエロいアイテムに思え、デュオは自分が涎をしたたらせていないか確認がてら、腕で口許をぐいっと拭った。
「かっわいいー……」
突起になっていれば、そこを押しつぶしたりして遊びたいのであるが、乳輪はあくまでなだらかな平地であった。
それでも乳輪全体をつまむようにして、乳首だろう場所を中心にデュオは摘み取った。
ふにりと肌をつねるような要領でそこをいじる。
「ひぃっ! ゃうッ、ぃや」
ひっぺがそうともがくカトルの抵抗をよそに、デュオは愛撫を続ける。
「ぁ、んゃ」
すべらかは肌はやわらかで、デュオの手に馴染んだ。
中心の微かなくぼみに爪を引っ掛けるとカトルが、釣り立ての魚のように跳ねた。
「はぁッン! や、いやっ、ゃめ、て!」
弄んでいる肌の部分がくりくりと硬くなってきていた。
乳首というには僅かな感触ながら、デュオの手の中で変化してきたのだ。
「まったいらでも、感じるんだなぁ~」
爪先ではじきながら言うデュオの声もカトルの体のうごめき同様は跳ねていた。
デュオの言葉にカトルの顔が真っ赤になる。突きつけられるのは初めての表現でも、ニュアンスで恥ずかしいことを言われたと感じたからだ。
もう一方の放っておいたほうの乳輪に手を移動させると、デュオは硬くなった乳首を口に含んだ。
「あっ、はッ、やーーッ!」
拒絶をあらわにした高い声が放たれるのさえ心地好く聞きながら、デュオはねっとりとそこに舌を這わせた。
歯で咬み先端の部分に舌先でいじりながら、胸に顔を埋めて、折れそうに細い腰に手を滑らせる。
這う手が腰骨まで及ぶのに、ゾワゾワとする妙な危険を感じたカトルは、じたばたと暴れると、デュオの動きを止めようと、懸命に声も洩らして抗った。
「やン! ゃ、めて! やめて、くださぃッ!」
「やめたら、わかんないじゃん」
「もう、いぃです。わからなくってもいいです!」
「カトル、お前、怖いのか?」
笑いながらのデュオの声が、カトルの自尊心を傷つける。
「こ、こわくなんて、ありません。いやなだけです」
「なにが、いやなんだよ」
「…………のが」
「はー? きこえねー」
「……る、のが、です」
「はっきり言えよ」
「もうー! 触れられるのがです!」
「……なんで、触られるのがいやなんだよ」
「だって……」
カトルが言いよどんで、紅潮した顔をデュオの視線から背けた。
「怖いんじゃねーか」
「違いますッ!」
「違うんだったら、平気なはずだろうが」
「もう、わかったんじゃないですかぁッ?」
カトルは胸元を見たのだから、自分が男だと証明できたと思ったのだ。
「もう、デュオは口診というものもしましたし。僕が男だってわかりましたよね」
受けた検査が恥ずかしくって、口にしてカトルの全身が朱に染まる。
「フツーなぁ。男の乳首なんざー、エロくねーんだよ。カトルのときたら、ぺったんこなくせに、エロすぎる空気がむんむんしてやがる。味も美味すぎる」
「……って!」
デュオの言葉に眼をまん丸にしたカトルは、発せられた内容に、顔から火をふきそうだった。味なんてあるのだろうか。デュオに質問すれば、確かにあると答えるだろう。味覚自体を含めて、嗅覚からも来る総合的な、甘い味がカトルからはするのである。
「もっと、よく調べないと」
デュオは言いながら、わき腹を下から撫で上げた。
「ひゃっ! く、くす、ぐったい。」
躰をベッドの上部に移動させようとするカトルの脚をデュオが掴んだ。
「逃げんなよ。カトル!」
乱れた衣服を握る締めるカトルにデュオはのしかかった。
蹴り遣ろうと、持ち上げたカトルの足首をデュオが掴む。そのまま、脚を高く持ち上げ、カトル自身の上半身に押し付けた。
「きゃッぃ! な、なんですかー!」
「やわらかさだって。これにも性別差がでんの」
躰の柔軟性自体さえ、性別判断だと言うのだ。もう、デュオの主張もめちゃくちゃだ。
「ちなみに、味とやわらかさはエロ指数もわかんだぜ。カトルの数値は相当なもんだ。甘くてやわらか、類を見ないエロスの塊だ」
「ッ!」
突きつけられた言葉に、カトルは羞恥に焼かれる思いをした。もう、気を失ってしまいそうだ。
「ゃめて!」
顔を両手で覆ったカトルは、デュオの自分さえも知らないことをさす言葉をさえぎるように、制止の声を放った。
顔を覆うカトルの手の間から、すん、と、聞こえ、涙を零しているとデュオは気がついた。
そんな、性に臆病なところも、デュオには可愛いと思わせるばかりなのに。
正しく言えば、いやらしいことをするという積極的な性癖があるという意味ではなく、人を惑わせると言う意味のエロティシズムを感じさせるということなのだが。デュオはカトルが恥じらう姿が見たいばかりに、誤解を生むような意地悪な表現ばかりをつかう。
デュオの手がカトルの腿の裏を撫でた。
「ぃッ! ぃやッ」
サイドにラインストーンをあしらったタイツのさらさらではない手触りも、妙にいやらしく感じるものだ。デュオはニッと笑いタイツを引っ掻きながら、カトルに囁きかけるように話しかけた。
「カトル知ってる? タイツってのはなぁ……破るためにあるんだよぉッ!」
言いしな、デュオが爪を掛け白いタイツの内腿の部分を破った。
穴の開いたところから、ことさら柔らかで白い肌がふにりと顔を覗かせる。無機質な白であるタイツの隙間から純白でいて裡から桜色を透かしたような、瑞々しい質感の肌が露出した。
「きゃぁッ! だめぇーッ!」
破るべきは肌色との対比からいって、黒のパンスト(ただのストッキングではダメなのである)だと思ってきたデュオだったが、カトルの肌の美しさは、その固定観念を覆した。
思う様、戴いてやる。と、デュオが心を決める。
「いゃだッ、デュオぉ!」
可愛い拒絶の声は招く声だ。デュオには心地好い響きにしか聞こえない。
顔の位置を下げて、持ち上げた脚のタイツから覗いた白い餅肌に口づけると、滅茶苦茶にデュオのテンションが上がった。
「きゃッ!」
自然とタイツの裂け目を増やすように、また爪で引っ掻きプツッと音をさせ、穴を開けた。
「でゅおぉー!」
完全に泣き声で呼ばれ、もっともっといじめてやろうと、デュオがタイツの裂け目からはみ出た肌をねっとりと舐め上げると、扉の外から叫び声が聞こえた。
「姫ーッ! 助けに参りましたーーッ! 姫ーーっ! 姫はいずこー!」
「げぇっ! オレが王子様役じゃねーのかよ!」
デュオは想像できない出来事を前にショック状態に陥ったように、くったりしたカトルをシーツでくるむと、そのまま抱きかかえ立ち上がった。
「肖像画じゃなくって、カトルそのものを戴いていくことにする」
カトルを横抱きにしたまま、窓際に走り寄る。ためらうことなく、そのまま勢いよく窓の外に飛び降りた。
懐に入れた手を出し、デュオが右手を上げると収納されていた携帯式のプロペラが回りだした。
飛び出した速さより、ゆったりとした速度で降下していく。
「姫ーーーーッ!」
ドカーンとすごい勢いで王子が部屋を開いたが、そこはもぬけの空だった。
「イイコトの続きはあとで。いい夢みさせてやるよ」
ニカッとデュオはカトルに含みのある笑みを向け。
「しあわせになろーなぁーー」
ようやく眼を開き、びっくりとした顔をしたカトルの朱唇に、デュオはゆっくりと唇を落とした。
■FIN■
初出・2010.5.2
それに、加筆訂正をしました